智頭宿散策でこのたびの旅は終わります

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そろそろ、おつかれーです。
最後に訪問するのは、鳥取県八頭智頭宿。奈良時代以来の畿内と稲葉を結ぶ街道の宿場町です。少しの古建築が見ものです。

わけても山林大地主だった石谷家が、見所だということです。以下、写真のオンパレードになります。

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部屋数が40室あまりあり、そのうち20部屋が公開されています。
見るべきものはなかった……

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石谷家のむかいにあるのが、公民館、昭和戦前の建物で、宿の中心だったとか。出征兵士を万歳で見送って記念写真を収めたりした、と──

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宿場の家々に杉玉がぶら下げれているので不思議に思いましたら、「それも一つのにぎやかし」と、杉玉づくりを公開していました。

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宿のはずれの駐車場には、まだ融けない雪が積まれていました。寒いです。

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ということで、鳥取空港じゃない「鳥取砂丘コナン空港」から羽田へかえります。
旅は終わりました。
なんだか、しまりのない旅がともあれ終わったわけです。

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鳥取砂丘散策

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──大きな袋を肩にかけ
   大黒さまが来かかると
   そに因幡の白ウサギ
   皮をむかれて赤はだか……
ですね。
白兎海岸に来ました。むかし、隠岐の島に流されたウサギがワニザメをだまして気多の岬まで渡ろうとして、だまされたことに気づいたワニザメに皮をむかれて苦しんでいるときに、大国主命が通りかかり「真水で身体を洗い、ガマの穂にくるまりなさい」と言われて完治したおはなし──因幡の白兎の舞台がここ。
ワニザメに似た岩礁が、海岸からすぐそばで波に洗われています。

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鳥取砂丘見晴しの丘レストハウスで昼食です。めしをくいながら、砂丘の概要を教えていただきました。内容はよくわからない、なにせすきっ腹をいやすのにムチューだったもんで。

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リフトに乗って、砂丘まで行きます。カミさんとふたりがけでした。

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これから砂地を歩きますので、長靴に履き替えるように勧められました。無料です。タダです。ただし、脱いだ自分の履物は備え付けのロッカーにおさめますが、こちらは有料で100円。つまり100円で長靴を借りる、ってこと。

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砂丘に行く人は、みんながみんなこんな風体です。

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まるで荒涼たる砂漠へ行くようだ(行ったこたあないけど。)

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真っ正面へ向かいますが、「馬の背」と名付けられたあの頂上へ行きます。

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のぼれ、あがれ、です。
この写真では、実際の勾配がわかりませんね。息がきれるとか、胸苦しいとか、ゼーゼー、はーはー、フーッフーッと苦しんだことは、うまく伝えられないのが、とってもくやしいデス。
目の前にそびえているかのような、砂の丘、そう、まさしく砂丘をのぼってあの頂上まで、まだまだ……。

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ここ2、3年で現れてきたオアシス。地下水が自然に湧出してきたそうです、最深部は1メートル30センチあります。かなり広い面積です。

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若い人が、私らロートルを元気よく追い抜いて登っていきます。うらやましーナ。

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着きました、馬の背の頂上へ、眼下に日本海が見下ろせます。

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雨がポツポツ……砂丘を大急ぎで撤収します。砂防の柵までついてやれやれ。

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鳥取砂丘総合案内板。はじめに見てからゆくべきだったかも。

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長靴をお返しして、リフトに乗せていただいて砂丘が一望できる見晴しの丘にもどります。

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リフトに乗りながらから振り返って、砂丘を写真に。砂ばっかり見てきましたから、あおい木を入れて撮りました。

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島根県倉吉散策

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今日は島根県倉吉市をぶらつきます。まずは、打吹公園にはいります。

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羽衣池のほとりに来て、ごらんの赤い欄干の橋の上に立ちます。

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あらかじめ記入しておいた和紙を池面に落とします。和紙は「ほどき紙」といいます。おとし紙とはいいませんよ、念のため。
和紙の裏表に、願いごとと叶ったことの謝辞を書いてあります。溶けて沈んだら……ということです。実に他愛ないのです。

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倉吉のとある道筋に建てられている「打引流しびな」に淵源があると聞かされましたが、よくわかりませんでした。

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白壁土蔵群、白漆喰壁の古い町並みが観光客の誘致に役立てられています。

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また、亡くなった横綱琴桜の出身地であることから、目抜き通りに銅像の雄姿が土俵入りしています。篤志家の民家を琴桜記念館として、ゆかりの品々を展示しています。

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倉吉名物の「餅しゃぶ」を食するつもりでしたが、本日はおやすみ。休業です。

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倉吉の町屋が軒を連ねていますが、ほんとに古い家はほんのわずかでした。

思うに、なんとか観光事業をたちあげよう、そのためにはあれもこれも、と集客のためのアイデアをこしらえあげたようにとしか思えません。ふるさと創生とか、観光立国とか、ストップ過疎化とか、そんなフレーズで狂奔しているとしか……水を差すつもりはないけど?

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三朝温泉早朝散歩

三朝温泉の歴史は古く、850年余の昔から当時客でにぎわっていた、とか。

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泊まった花屋別館は、いわゆる三朝温泉街から少しはずれていますので、からころ下駄を履いてでかけました。

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狭い路地の入口が、三朝温泉街本通りの入口です。

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中湯の看板は、公衆浴場であります。

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ごたぶんにもれず、本通りの中央には、いまハヤリの足湯がもうけられています。公衆浴場にしろ、足湯にしろ、早朝なので、だーれも入浴していません。

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三朝温泉は三徳川に沿うようにのびています。そして、川原には湧出する温泉をつかって、露天風呂が設けられていました。バスガイドさんいわく、「女性も入る人はいますよ。夜9時過ぎの暗くなってからですけど……」だって。
私とほぼおないどしぐらいのおじさん二人がはいってらっしゃた。念のため、「写真を撮らせてくださーい」とことわって撮らせていただきました。

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──ないてわかれりゃ 空までくもる くもりゃ 三朝が雨となる

昭和2年、この地を訪れた 野口雨情 がこの三朝小唄をつくり、中山晋平が作曲した、と。
また、昭和4年にはここ三朝温泉を舞台にして、無声恋愛映画「三朝小唄」がつくられた、とも。この銅像と、石碑は、それらを記念してたてられた、と。

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射的場!? いかにも古いムードをかもすかと思えば……

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あたらしい温泉ホテルも立ち並んでいます。そして、

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芝居小屋もあります。けれども、入口ドアわきの案内には、こんな文字が……
「芝居小屋『ニューラッキー』  鳥取県最後のヌード小屋として愛されていた施設です。当時のまま保存してあり、現在は芝居小屋として再利用。イベントの無い日は、レトロな撮影スポットとして注目されています。」だって、さ。

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島根県三朝温泉へ

島根県が誇るという世界屈指のラジウム泉、今日の宿泊地の三朝(みささ)温泉に向かいます。

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途中、「お菓子の寿城」で休憩。松江城のパクリで建てられたお城ですが、いくらかかったかあきらかではありませんが、開城2年で建築費を回収できたほどの来城者でにぎわった、とか。
旅行会社のバーターによるお立ち寄りです。
「試飲、試食のあとにお菓子をお求めくださいね」ですね。

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「島根にはスタバはないけど「すなばコーヒー」があります」と県知事が宣伝にあいつとめて評判になりました。格別な味ではありませんでした。

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城内は、お菓子売り場がメインですが、製菓工場も。見学をすすめられました。

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エレベーターで天守閣に登れます。伯耆大山が間近にそびえています。

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バスからは、つい先日の「島根地震」による家屋の、瓦が落ちたり屋根に損傷を
受けた被害状況がよーくわかりました。ブルーシートで覆われた屋根は、痛々しさをよく表現していました。

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地震にくわえて、今年の島根地方は豪雪に襲われました。融雪も終わっていません。雪解水が、ところどころに流れていました。

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三朝温泉街は明朝ぶらつくことにして、泊りの「花屋別館」にはいりました。山に囲まれたここらは、寒そうな印象です。
はやく旅装を解いて、ラジウム温泉につかって、よーくあったまりましょう、っと。

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