
旧佐倉順天堂の入り口に「千葉県指定史跡」の案内が掲げられています。メモをとってブログの説明に使おうと思いましたが、「これはそっくり全文をださなければいけない」とおもいました。しかし、長文なので面倒になり、「写真に納めてそれをブログに貼り付ければいい」と思いつきました。というわけで、ここに写真を貼り付けた次第です。
*なお、このブログでは「画像をクリックすると記事ページの上に拡大画像が浮かび上がります」。試してください、かなり読みやすくなりますので。
これとは別に、建物の中には「佐倉順天堂」そのものの説明がありました。それはメモしてきました。
──佐倉順天堂は天保14(1843)年に佐藤泰然(たいねん)によって、佐倉本町に創立された。蘭医学塾であり診療所でもあった。「天道に順(したが)う」という意味で「順天堂」の堂号をかかげた。当時の最先端の医学を展開するとともに、その技術を学ぶために全国からの数多くの門人を集めた。明治時代になると、新政府のもとで医学改革をすすめ、明治6年に、のちの順天堂大学に発展する順天堂医院を東京下谷練塀町に開院した──とありました。
展示されている内容は、それほど多くはありません、よほど特別な関心がなければ、わざわざ訪れるひともありますまい。わたしの場合は、つい最近みまかった兄にゆかりがあったのでおとずれたまでです。

旧佐倉順天堂の右隣には、現在の順天堂医院があります。
これで、佐倉市の町歩きの予定はすべてクリアしました。出発地の京成佐倉駅にもどらないで、せっかくですからもう一つ、最後の佐倉藩主の旧邸宅を見て帰ることにします。

旧堀田邸は国の重要文化財に指定されています。明治時代のすぐれた和風邸宅としてその庭園とともにのこされています。その庭園からは、帰路のJR佐倉駅へ向かう県道に通じていますから、邸宅の裏手へ回りました。

真冬の芝生はさびしい……です。

さくら庭園を突っ切って道を下ると、すぐそばに県道296号線が通っています。JRの駅までは少し歩かなければなりません。
沿道を行きながら、ふと気がついた。今日は1月15日。わたしが子供の頃には、この日が笹おろしの日だった。東京の下町では正月の門ごとの松飾りは、玄関の両脇に葉の付いた丈の高い竹を立てて注連縄(しめなわ)をはった。その松飾りを取り払うのが、1月の15日だった。竹は、どの家でも洗濯干しの、いわゆる竹竿にしたものだったが、こういう行事はいつごろ消えてしまったのだろう、と。
JR佐倉駅入り口のわきでそばの軽食をいただいて、これで本日の町歩きはおわりです。19213歩でした。
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