日本めぐり回顧65-32(09.07.10) 08年9月11日分 新潟県寺泊郷本→信濃川野積橋→道の駅「国上」→乙子神社→国上山朝日山展望台→五合庵→国上寺→良寛記念堂
なにごともアラを探せばキリがありません。批判がましいことを口にするのはわたしのタチに合いません。たとえどんなに気に入らないことだらけであったとしても、わたしはヨイトコロをかならず見つけ出すようにしています。そうでもしなければ、ヒトはわたしのヨイトコロをみつけようとしません……。
というわけで、良寛記念館のヨイトコロを撮影してきました。

良寛記念館の庭園です。基本的に芝を敷き詰めて、樹木は目立たないように配置されています。落ち着きを感じさせてくれます。ホッとしました。
良寛記念館から日本海を一望できる小高い山からのくだり道の敷石です。最低限の人工路です。日当たりのいい場所から木々の茂るほの暗い地に向かう好ましい印象を提供してくれます。
ある意味で数寄を凝らしているのでしょう、一所懸命つくっています。さぞかし手入れがたいへんでしょう、木々にしろ水路というか小川というか、流水路を濁らさないのは手間を惜しんではできないことです。良寛記念館側からの景色です。
上の写真とは逆方向、すなわち良寛記念館に向かって撮影しました。中央のほんのちょっと左よりに石灯籠がありますが、その奥の白壁の建物が良寛記念館です。メインの記念館を強調しない謙虚さと認識しました。
記念館の入館料はたしか400円だったかな……。
良寛記念館から外へ出る道です。こちらの敷石はきっちり敷き詰めていますので、わたしの趣味ではありませんが、道に沿う植栽の案配がほどよいものでしたので、目にはやさしくとらえられました。
自転車で走り回っての「日本めぐり」は当然のことながら、天然・自然の風景や風物にひたる毎日が送れます。ですから、この5点の写真のような、人工的に自然を細工した光景を見ますと、この旅で味わい続けた日常とは違うという落差を強烈に意識させられます。
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出雲崎の全景です。海岸のそばに国道352号線北陸道が走っていますが、この国道は海岸を埋め立てて敷設されたそうです。もともとは人家を洗うかのように日本海が迫っていたとのことです。
カメラを出雲崎港の右側に振ってみました。港を整備しているのか、港を延伸しているのか、それともいきなり国道に寄せる波を一時的に抑えるための消波ブロックをズラーッと置き並べています。
カメラを左側に振ってみました。こちらは港湾整備中です。港湾を拡げているのでしょうか。漁撈の港湾ではないと教えてくれましたが、さて何の実用があるのかということはわからないとのことです。ほぼまいにち散歩がてらにこのお山に登っている地元のオジサンでしたが、くわしいことはわからないと恐縮していました。
中央に見下ろせるのが「良寛堂」です。良寛さんの生家・橘屋山本家の跡地に建てられています。

建物の妻側(つまがわ)に出入り口を設けた建築様式を妻入りといいます(切り妻造りや入母屋造りの屋根の両端の三角形の部分を妻といいます)。海岸線に並行して家々が並んでいますが、たしかに屋根の側面の三角形に道路は平行しています。日本海からの風をモロに受けないための工夫と見ましたが、正しいかしら?
なんだかなあ、この記念館には変なものがありすぎます。五合庵レプリカのかたわらの石灯籠につづいて奇妙な石が据え付けられています。いわく「世界一の巨大硅化木の化石」。それがズドーンと立っています。どこかから運んできたのでしょうね、きっと。土中から掘り起こしたに違いありません。どれだけの価値、なんの価値があるのかサッパリわかりません。図体が大きい硅化木だから価値があるといわれれば、ああそうですか、です。事典で硅化木を調べてみますと……「植物化石の状態の一。植物の樹幹が地中に埋没し、地下水に含まれる珪酸が細胞内に侵入し置換された化石」とあります。そしてその説明の末尾には「岩手県二戸郡一戸町の根反(ねぞり)の大硅化木は特別天然記念物」とあります。一戸町より大きいこの世界一の硅化木はなんの記念物なんでしょう? まさか良寛記念館記念物なんていうつもりはございませんでしょうねぇ。
良寛さんが托鉢の途中で行き会った村のこどもたちと談笑している彫像が別々に置かれています。国上の山にあった二つの彫像は、手毬あそびに興ずる子供と良寛さん、子供と遊んでいる良寛さんが一体になっていましたが、ここの彫像は良寛さんと子供はそれぞれ別個の像をさながら一体であるかのように近くに並ぶように配置されています。
「良寛記念館」に入ります。この記念館は昭和40年に、良寛さんの生誕200年を記念して建てられました。佐藤耐雪さんという地元の篤志家が尽力されたとのことです。良寛さんに遺品や、遺墨、各種関係文献などが収集されて常時公開展示されています。ここまで山路を辿ってきました。たぶん山を切り開いたからでしょう、さすがに樹木が繁っていて落ち着いた雰囲気をかもし出しています。ホッとすることのできるスポットです。団体客もなく、入館者もすくなく静謐な場に身を置くことができます。
入口のすぐ脇に、さきほど訪れてきたあの国上山の五合庵を模したレプリカ(というのでしょうか?)が建っています。国上山の五合庵とちがって、ここは杉木立ではなしに風情のない木々の林に囲まれていますから、かなり印象が違うように感じます。なんといったらいいか、年寄りを住まわせるために建てた離れの隠居部屋みたいな味気なさを覚えました。いや、遠慮なくいうならば、砂を噛むような不快感を味わった思いです。竹で組んだ垣、家の周りの石組み、そして玄関口への階段……国上山の五合庵はここからそんなに遠くないところにあるんですもの、いらざる庵をつくったものです。 日頃批判がましいことを言わない私なのに、ついつい……、お許しを乞うておきましょう。
五合庵レプリカの側面です。石灯籠なんかも据え付けっちゃったりしてます。
「道の駅 国上」=「ふれあいパーク 久賀美」でお買い物をします。食材の仕入れです。とはいうものの、最近の食事は出来合いのもので済ますようになってしまいました。自炊道具は自転車のバッグの底に深くしまい込まれてしまっています。バスバーナーもしばらく点火していませんから、目詰まりを起こしているかも。要は面倒くさいのが先に立ってしまっています。北海道はむろんのこと、青森や秋田辺りではコンビニが思うところにありませんでしたから、日干しになりたくなかったら調理せざるを得ませんでした。なのに、すっかり便利さになじんでいます。人間は、便利な状況になるとやっぱり手抜きをしますね。
「ふれあいパーク 久賀美」のメインの建物です。物産館、ホール、そして奥に別屋の特産品即売所が並んでいます。案内所に頼んで「東北地方の道の駅一覧」がのっている地図をいただきました。昨年までは国土交通省が作成して無料で配布されていましたが、廃止されてしまいました。経費削減のアオリだそうです。かわりに某出版社が1000円で全国の道の駅を案内した書籍を市販しています。国土交通省のムダづかいはつとに有名なのに……。食材は求められないので、おにぎりとパンを買いました。軒下に座り込んでパクつきました。いいんです、ひるめしだもの、どんなところで何を食おうと腹がくちくなれば。別屋で大根とナス、それと熟れたイチジクを予備食材として手に入れました。
県道を出雲崎方向に戻ります。「良寛の里 案内パーク出雲崎」のチッコイ広場で一息入れました。目的地にしている「良寛記念堂」の位置関係を知りたいのですが、このあたりはツーリングマップルでそれまでの『東北』版から『関東甲信越』版に変わるので、地図の出し変えにえらい手間がかかります、自転車バッグをひっくりかえさなければならないので。どっかに案内がないかなぁ、とキョロキョロしながら走って来て、「ここならば」あるだろう、と期待を込めてひとまずここで小休止です。
ふたたびとろとろ進みます。ほどなくして奇妙な形の四阿=東屋(アズマヤ)がありました。ふつうアズマヤは四角形です。なのに、このアズマヤは矩形の屋根にサシガネのようにおかれたベンチと壁が設けられています。いろんなアズマヤをあちこちで無数に見てきましたが、はじめて見る作りです。しかも、よくよく近寄ってみると、このアズマヤの主目的は案内をすることのために設置されたようです。向かって右側のガラス窓に「西照坊・良寛古道、良寛記念館・良寛堂、代官所跡・獄門跡 」の3方向を示す矢印が小さく記されていました。それぞれ良寛さんゆかりの寺西照坊や、良寛さんがなじめなかった役にかかわる代官所、そして処刑に立ち会う苦痛をあじわった刑場などへの道案内。良寛記念堂は間近かです。
乙子神社の街道からの入口にある駐車場に戻りました。自転車この駐車場の脇に立てかけて停めておきました。東京では厳重に鍵を、それも二重三重にキーを取り付けておかなければいっぺんに持って行かれてしまいますが、そんな悪いことをする人はいませんでした。積み込んである荷物も無事でした(もしものことがあったら、わたしはマルハダカになり、旅そのものが消滅することになったのです――考えてみたらコワいはなしでした)。
国上山周辺の案内図が掲示されていました。この国上山に来て良寛さんゆかりの場所だけを念頭にいままで動き回ってきましたが、この案内図をここに来た当初に目にしていたならば、私はちょっと違った動きをしていたかもしれません、そう思いました。いわば国上山をまるごと見て回るというような……。でも、ここをたずねた主たる目標は良寛さんをお訪ねすることだったので、いまさらいうのはグチってもんなのでしょう。
弥彦方面へ向かう県道2号線に戻りました。国上山の全景を眺めたいと思ったからです。森の中にいると森が見えないように、山の中からその山が見ることができないからです。国上山全体の雰囲気は十分味わいましたから、その雰囲気を山全体丸ごと受け入れておきたいのは当然ではないでしょうか。それにしても行く手に広がる稲穂のみごとなこと! コシヒカリはこんな風景からうまれるんですね。
国上山を示している県道に出ていた看板はこれだけです。もっこり浮かんでいるような山容が国上山なのでしょうか? 確証はありません。だれかに確かめたかったのですが、だれもいません。地図で位置確認して、この看板とあわせて、たぶん間違いないのではないかと判断しました。あまり自信はないですけどね……。
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