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日本めぐり回顧41-1(08.11.09) 8月18日分 稚内港北防波堤ドーム→(国道238号線)宗谷岬→浜鬼志別→浜猿払→浜頓別→ウスタイベ岬→マリーンアイランドはまなす交流館キャンプ場 テント泊

稚内港北防波堤ドームから国道40号線を経由して国道238号線で道東オホーツク海岸を南下します。小雨がやむ間もなしに降りしきります。寒いです。さぞかし自宅の東京あたりは暑いことでしょう。おかげさまで今年はいい避暑ができています。それにしても、もう少し温かいとありがたいのですが……。暑さ寒さにことのほか弱いのに、よくまあセカセカ動き回るもんだと、ゆうべの電話でカミさんが言ってました。夢中で走っていますから、冷暖不自知(?)です。

Photo国道238号線=宗谷街道に入りますと左右に広がるのは左に海、右に草木だけです。まもなく「間宮林蔵渡樺の地」記念碑です。1808年のロシアの南下政策に対して江戸幕府は間宮林蔵を北蝦夷調査に向かわせた、ここから樺太に渡って東海岸を調べた云々の説明板がありますが、意味の通りにくい文章でした。冷たい風が吹き付けています。宗谷湾にやわらかく弧状にとりかこまれた海がとてもきれいです。

Photo_2宗谷岬の「日本最北端の地」モニュメントです。三脚を持参しませんので、ライダーさんにシャッターしていただきました。バンザーイ姿も撮りました。年甲斐もない、と言われようと、苦労してここまでたどりつくと身体全体でよろこびを表現したくなるものです。

Photo_3宗谷岬公園に人気(ひとけ)が乏しいんです。スカスカです。世の中はお盆が過ぎて、そろそろ夏休みが終わったんですね。礼文・利尻から帰ったとき、稚内の市街で観光客やライダーがすくないなあと感じてはいたのですが、ドームでは前よりも多かったから、私の印象が錯覚しているらしい。写真奥の売店で、例の観光地記念のペナント(三角フラグ。古いなあ~)を販売しているけれど買い忘れてしまった。ご当地ものなのに……残念!

Photo_4間宮林蔵の銅像。つい一週間前までは、像のうしろに見えるバイクのように、あそこにうんとたくさんのオートバイが並んでいたそうな。また、この銅像のまわりの芝地にはおおっぴらにテントを張る人もいたそうな。そう聞かされると、なんだかさびしい気もするから不思議だ。人混みをふだんはあんなに嫌うのに。この公園の隣の出光のガソリンスタンドでは給油すると証明書(何の?)を発行すると地図には記されています。むろん自転車は給油しませんから無用のこととなります。

1

宗谷国道はこんな光景がつづきます。勾配がゆるいんです、そして長ーくつづくんです、行けども行けども登りなのはツライいんです、とっても。下り坂になるとうれしいんです、ラクチンでぐんぐん加速します、ずーっとずっと下りつづけてほしいものです。

2でも、自然状態はきびしいんでしょうね、樹木なんてほとんどない。背の低い灌木ばっかり。草はびっしり生えていますが、雑草なのか牧草なのか、わかりません。都会生まれ、都会育ちはこんなことさえろくすっぽ知らない。オホーツク海の北からの寒流がきびしい寒さをもたらしているんでしょうね。

Photo_5宗谷岬から日本最北端の村、猿払村を走る頃には、たまに日差しが出るようになりました。乾きをいやす水の蓄えがなくなりました。国道に面した小学校(たぶん浜鬼志別小学校?――後でGoogleで調べた)で水道を借りました。すると、目の前を蛇がすーっと行きます。写真に撮りました。もっと近くで撮ろうとそばによりましたが、校舎の壁に沿って逃げられてしまいました。出てきたおじさん(先生かなあ?)が「毎年出るアオダイショウだ」と教えてくれました。私といっしょに逃げた方向を探しましたが、発見できませんでした(私は写真のために。おじさんは捕まえるために?)。

※付記――東京にもどってこの写真を知人(岐阜高山の遍路友達と厚木の旧友)に見てもらったら、「とんでもない、マムシだよ!」と異口同音に教えられました。だとすると、小学校の水場に「毎年出る」というのは危険だよね。むろん退治、殺傷、殺生してほしくない。どういう折り合いをつけるのがいいのだろう?

      

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コメント

青大将に柄は付いてません、柄の在る蛇には注意した方が宜しいかと (+_+) 
マムシは出血毒でヤマカガシは神経毒、両方とも命にかかわります!山遊びする人はこの二種類に一番注意してる、北海道から九州まで何処にでも生息してますから、沖縄方面はプラス??ハブ!!
少しでも軽量を心がけ三脚不要、人に頼むのが一番、相手もお返しに頼んできますから快く撮ってあげて下さい q(^o^)p
自転車には恰好の道に見えますが、それなりにきついんだ!! 
スタンドで空気でも入れて証明書??貰えば良かったのに... 

投稿: たーぼ | 2008年11月10日 (月) 18時42分

まむしと青大将の区別がつかない江戸っ子老拙さん、笑った。
かまれてみないと分からない。でも、昔田舎に疎開していたんだから、まむしくらい分かるのでは?
日本最北端なんて、わびしいね。北は日陰、寒いときているから。
これが南半球のインドネシアだと話は違う、南が日陰で寒いの。
間宮林蔵が間宮海峡を調査したころは、まだ領土などという認識が世界的にもなかった、のどかな時代だったんだろうね。
アラスカをただ同様の安値でロシアはアメリカに売っているし、明治の初年、ハワイの王様は日本に買ってもらいたいと頼みにきている。アメリカ領になるのがよほど嫌だったんだろう。
江戸幕府ももう少し、地理的な知識があったら、樺太はおろか、カムチャツカ半島だって日本の領土になっていただろうに。
わずか100年かそこらで、人間の認識はかくも変貌した。
台湾なんか清朝時代の中国は相手にもしていなかったんだから。

投稿: yac | 2008年11月10日 (月) 00時44分

うぅ・・・、食べすぎた・・・・(>_<)
栗おこわと大根の味噌汁とピザとケーキを一日(1食じゃないよ)で食べたら苦しい・・・。 だって、美味しいんだもん(-_-メ) 翌日がヤバイだろうなぁ。 アンパンマンだ~~!! 食べた分以上に吸収率が抜群に良くて困ってしまう。 おっちゃんは鍛えてるから食べても食べても平気でしょ? あと、食べても燃費の悪い方(アメ車の如く)もいらっしゃいますがね(^_^;)
自転車のなだらかな下り坂は最高だね~。ペダルをそんなに漕がなくても走ってくれる♪ 上り坂は大変! しかもこうゆう時ばかり向かい風が来る・・・。人生もそんなもんかいな? それでも上りきった時の快感は格別だよね。ただ、マメは坂道を自転車で漕いで上がると太ももがより強調して太くなるので、降りて歩いて自転車を引っ張ります。
それにしても、写真の様な緩やかな1本道が延々と続くと車の運転大変だなぁ。まず、眠くなる。北海道だから突然鹿とか飛び出しでびっくりとかあるんだろうな。自転車も延々と走ってると眠くなるのかなぁ?
自転車は車と違って手軽だし、身体全体で風や日光を感じられるのが良いね

投稿: マメタロウ | 2008年11月 9日 (日) 22時37分

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