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日本めぐり回顧43-3(08.11.15) 8月20日分 コムケ湖→湧別→サロマ湖→常呂→能取→網走湖 呼人浦キャンプ場 テント泊

Photoヤレヤレ、稚内を出てから3日目で、農耕地に着いたようです。そば畑です。そばの花が咲いています。そばの花でも、「花盛り」と表現していいんでしょうか、咲き誇っています。カミさんに「そばの生産量日本一は信州じゃないのかい?」と聞きました。「バカ言ってんじゃないよ、北海道でしょ。んったく何にも知らないのね!」だって。信州育ちに花を持たせてやったのに、これだもんね!

Photo_5サロマ湖のキムアネップ岬です。キャンプ場があります。ユースホステルも近くにありますが、今日の野営地は網走湖畔の予定です。もうすこし頑張ります。きついアップダウンが昨日今日有りませんでしたので、ラクしています。

Photo_3ちょっとした坂道を上ると常呂町が眼下にみえる常呂駐車場(パーキングエリア)で遅い昼食です。一昨年の歩き遍路から昼食をカットする習慣が身に付きました。去年のお遍路も昼食は取りませんでした。節約ではなしに、「腹ふくるると嫌気さす」で、モチベーション維持のために強いて身につけた習慣です。朝食が早すぎたので、今日はこの駐車場直前のコンビニでパンとバナナ、そして野菜ジュースを買いました。寒さしのぎには弁当を買ってくればよかったと、後悔です。常呂町は網走市に入っています。稚内から自転車でわずか三日、よくぞ漕ぎ切ったものです。

駐車場を出て坂をくだると、オホーツク自転車道の案内がありました。地図で確かめますと、この先の能取湖を半周する自転車専用道です。

Photo_4網走湖畔までつながっています。狭っこい238号線より快適に走れそうです。自転車専用道でありながら、2車線!です。途中の説明板でここからの私の走行距離を記録しました。国道238号線交差点2.7キロ→常呂駐輪場9キロ→能取駐輪場10キロ→網走鉄道記念館8キロ→湖眺橋12キロ→大曲駐輪場で大曲公園に出て国道39号線北見線北見国道を通って、網走湖畔に向かいます。障害物はなにもありません。車も人もまるで通りません。自転車専用道ならぬワタシ専用道のオモムキです。眠くなるような自転車道です。左側に能取湖ですが、サロマ湖にしろこの能取湖にしろ、淡水湖なのか海水湖なのか、あるいは汽水湖なのか、うっかりしていました、聞くことも確かめることも忘れてしまいました(あと書きですが、たぶん汽水湖じゃないかと思います。閉じられていないし、オホーツク海とつながっていますので。――よくわかりません、インターネットででも調べることにしましょう)。

Photo_6

鉄道記念館前のロコモーション蒸気機関車です。客車一輌、踏切、ポイント切り替えなどとともに展示されています。好きな人にはたまんないでしょうね、こんなロケーションは。機種はわかりません、デゴイチとかナントカとかが。

Photo_8網走湖に着きました。4時半です。網走湖畔呼人浦無料キャンプ場です。大型トイレ、炊事場完備です。私がテントを張っている間に続々とチャリダー、ライダーがやって来ます。いやあ~すごい数です。北見、大雪山、阿寒、屈斜路湖、それに私も向かう知床方面へのベースキャンプ場の様相化を呈しています。情報の交換があちこちで行われています。さらにそれらの人とは別に、毎年ここでステイしている人、もう二ヶ月滞在している人など、ツワモノたちもたくさんいます。やっぱり「北海道の旅にはなんでもあり」です。それにつけても寒さは変わりません。いつまで寒いのがつづくんでしょうか? 毎晩、衣類を5枚も着込んで寝ていますが、今晩も着ぶくれます。

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コメント

前にも書いたかもしれないが、そばをなんとかインドネシアで栽培しようと何度か試みたけど、できたはしから鳥やねずみに食われて成功しなかった。戦前は在留邦人がそばの栽培に成功した。方々でおいしい日本そばができていた記録があるし、山間地で時折野生化したそばを見ることもできる。かれらはそれでクッキーを焼き、結構、ものになっていた。
日本と同じような火山国だから、土壌はそばに適していると信じている。
しっかり産地で勉強してからでないと、農作物はそう簡単にはできないと思い知らされている。
それにしても戦前の日本人はたくましかったんだなあといつも思う。そばだけでなく、米、みかん、柿、りんご、寒天、鰹節、なんでも現地で作っていたんだから。
それに比べ、戦後のお利口な商社やメーカーのエリート達は、数だけは戦前をとっくに超えているけど、なんにも作れやしない。それどころか、木村コーヒーは農民を使って、昔の植民地プランテーション方式でコーヒー園を経営しているし、大塚製薬は同じ方法で、ジャワーティーを栽培させている。そのうち一揆が起こって、かれらが追放される日を心待ちにしている。

投稿: yac | 2008年11月16日 (日) 00時59分

ズーッとこういう風景の中を走って、都市に戻ったらどんな感覚を持つんだろー?? 時差ボケ起こすのかな (?_?)  
北海道の海岸線を写真集で拝見です、結構高い所からの写真も有るので、登りはそれなりに大変だったのでは?
文学的表現で「一面に白い花を咲かせたソバ畑です」でしょ.. 小さな親切、大きなお世話でした (^_^);  今年のその時期は確かに異常気温でした。
意外に食べないで移動してるんだ、持つのかなー? 気ままに喰いたいモン喰って、休みたいとき休む事も良いのでは、 ア!これ、あ・た・し…
最後の旅客用蒸気機関車「C62」の重連が函館本線で走ってました、当時はSLファンが雪原にカメラ構え凍えてたはず、あたしは寒いのキライ!!

投稿: たーぼ | 2008年11月16日 (日) 00時49分

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