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日本めぐり回顧45-1(08.11.21) 8月22日分 知床 宇登呂→知床峠

例によって4時44分の目覚めです。たしかオス一頭(角があったので)、メス5頭(角がなかったので。子鹿もいるかも)と確認した昨夜の鹿たちはもういませんでした。早起きなんです。私が寝ている間にいなくなったんでしょう。朝食の後、キャンプ場内を散歩しました。

Photoキャンプ場の奥は宇登呂港、オホーツク海を見渡せる「夕陽台」です。漁港でもある宇登呂港はまだ目覚めてはいないようです。おもくるしく空が曇っています。自家用車で東京から来た熟年夫婦キャンパーとご一緒しました。ご夫婦も鹿たちに驚かれたと言っていました。事前にキャンプ場の管理人から鹿たちの寝場所になる情報を得ていました、「キャンプ場全体が熊除け囲いがあって安全なので、鹿たちもそれがわかっているのでしょう」と。計26頭の鹿がこの近在に生息しているとも。

いわゆる世界自然遺産の知床を見学するには、けっこうたいへんです。まず知床岬へは原則として立ち入り禁止ですから、行けません。車は当然乗り入れられません。道路がありません。人道もありません。岬めぐり(見るだけ)は宇登呂港からの観光船でしかできません。この船は昨日まで3日連続の天候不良(雨と強風)による欠航で、今日もアウトです。となると、残るはシャトルバスによる知床五湖観光だけです。せっかく宇登呂港まで下りてきましたが、ダメなものはダメなんです、前進あるのみになりました。

「もういいや、知床観光は!」とすっぱり割り切って、国道334号知床国道で知床峠を越えて羅臼に向かいます。標高738メートルの峠まで、海岸から一気に上がります。勝負です。地図にはこう記されている「ウトロ側は緩やかだが、羅臼側は急坂急カーブ」だと。腹をくくって往かざるをえない! 行く、のではない、往く、のだ。

Photo_2「知床世界遺産入口」幌別橋の標識だ。いいね、いいね、いよいよ峠にかかるぞ! と意気軒昂。この写真の右にカーブした先に、たくさんの人が釣り支度をしていました。川釣りだそうです。カラフトマスが釣れるが、今はまだとのこと。カラフトマスって何ですか、鮭のことだよ、と会話しましたが、肝心の今日釣れる魚のことを聞き忘れてしまいました。「ここから、知床峠のテッペンまで13キロだ」っておしえてくれました。

Photo_3

えらい急坂を3キロほど上がりました。いや、自転車を押して来ました。国道のカーブを利用した駐車場が「プユニ岬」デス。ウトロ港と市街が眺められます。晴れていれば広いオホーツク海を見通せるはずです。雨がポツポツ落ち始めました。雨着を着用します。どうやらこれから先はずーっと自転車を押しっぱなしになりそうです。時速何キロぐらい進めるものなのか、自分だめしになるのは必定です。

『山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。』とおもわず口から出てくる。夏目漱石の「草枕」冒頭です。

そこで、こう思った。「毎度のことだが、自転車に乗るときは乗っているだけ、自転車を押すときは押すだけ。その時、その場のことに、すべてを集中。苦しいだの、ツライだの、イヤだの、あとどれくらいだの、いつまでつづくんだろうだのは一切無用だ」とね。

Photo_4

目の前に鹿! ガードレールの向こう法面(のりめん)に5、6頭かな……。角のない鹿たちだ。まさか夕べの鹿ではあるまいな、とある種の親しみを感じました。勾配のある法面でも身軽に動いているし、草を食んでもいる。

(いつも思うんだけど、鹿にしろ、鳥にしろ、自然界に生きる動物たちは、どんな状況にあっても、みずからの食料はかならず自前で調達する――当たり前のことなのだが、これはすごいことです。ひるがえってひとさまは……)

Photo_5「知床自然センター」です。箱物です。知床の自然案内を目的にしているんでしょうが、わけのわかんない施設でした。私にとっては、トイレと下着の取り替え、そして若干の休憩を取れたありがたい場所でした。着衣の中は汗で、雨具は霧雨で、ともに濡れはじめましたから、体温が著しく奪われていくんでしょう、ものすごく寒く感じられます。動いていないと震えが起きます。近所に鹿があちこちを歩いていました。人ずれしているようです――いいことなのか、よくないことなのか、私にはわかりません。鹿たちのしたいままにさせておくのがいいのでしょうが、なにせ人間がかかわってしまいましたから、わたしにはわかりにくくなっています。写真のバスは左折して「フレペの滝」へ向かうようです。いま8時ちょい過ぎです。    

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コメント

ほとんど悟りの世界・・(>_<); 
辛かったネー、サブかったネー・・(^o^)って、その割りにモチベーション下がってない! 
知床は残念でした、天気が良ければ少し滞在して、見学する価値があったのでは? 
いろいろなモノが出来るのはしょうがないヨ、そこの人達だって霞喰ってる訳にイカンから、夏の間が稼ぎ時・・(-_-)  
鮭科の魚をマスと呼ぶのは鮭科の学名が「オンコリンクス・マソウ」と命名されてるからでは? 因みにマスは「トラウト」、 魚としては原始的な生態系を保っています、あたしが趣味で釣るヤマメも学名は「オンコリンクス」。
日本では鹿の天敵「オオカミ」が絶滅し、各地で鹿の被害に頭を悩ませてる、北海道もご多分に漏れず、地元では困ってるような話が、時々新聞種に成ってる。
写真がさえてるネー・・・ 本当にいながらにして北海道巡り v(@_@)v

投稿: たーぼ | 2008年11月22日 (土) 13時21分

知床半島とか知床岬なんて聞くだけで、なぜか望郷というような言葉が想起されるのは、奪われた島が目前にあるという情景がインプットされているからだろうか。
ロシアという国は古今東西に渡って、悪の限りを尽くしている国だと、誰がなんと言っても宣言しておきたい。
それを、共産主義の元祖だなんて賛美していた連中がいたことが悲しい。スターリンが政権を握った瞬間から共産主義は死んでいたのに。
現在のアフガンの現状も全ては、あの者達が無謀にも侵略した結果だ。これから昔のような平和なアフガンになるのに何年かかるだろうか。
イラクだって、ロシアが陰でそそのかさねば、サダムフセインはあそこまでつけあがることはなかったのに。

投稿: yac | 2008年11月22日 (土) 01時45分

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