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台風9号襲来で福井県小浜市塩釜のきざき旅館に連泊

台風9号が日本海を九州沖から北上し、今夜半ここ若狭湾敦賀市付近から本州に上陸しました。激しい雨音で何度か目をさましましたが、起床した6時には台風はすでに通過したばかりでした。台風の余波で強風が吹き荒れていました。

天の配剤と受け止めました。再出発から一週間が経過、疲れがたまっていました。ゆっくりやすむのに好都合です。連泊して、本日は休息日に当てます。基本は寝ることです。

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昨日、急な泊まり客である私のために用意してくれたのが、二階の3部屋ぶち抜きの写真の大広間、そのうちの上座にあたる15畳和室デス。ゴウ天井、一間半床の間つきの豪華な部屋です。マンションのチマチマした合理性優先なところで寝ていますので、余りの違いにお化けでも出ないかと心配するくらい。

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旅館に珍しいものがありました。黒いダイヤル電話機、ピンクの公衆電話、いえいえ、もっと珍しいのがまんなかにある青いボックス。なんだかわかるかしら? 100円の10円玉両替機でした。

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朝食の後、空模様をきにしながらも小浜市内の散策に出ました。きざき旅館の玄関デス。玄関先の幾松の案内板、木戸松子=幾松の史料を女将からいただきましたので、すこし抜粋します──『松子は1843年天保14年、小浜市木崎で小浜藩士の家に生まれ、計(かず)と命名。やがて幼い計母子をのこして父は藩内の事件から出奔(その後死亡)、母は京都で再婚し、計は9歳で舞妓に。公家筋の養女になるも、その養父から芸妓に出され14歳で2代目幾松を襲名。やがて19歳で桂小五郎に出会う。伊藤博文の支援で桂は幾松を身請けしました。10歳のトシの差。幕末の桂小五郎の数々のくるしい活動をたすける。明治維新後、桂は木戸孝允と改名し、明治政府参議などの要職を歴任、進歩派の中心として版籍奉還・廃藩置県に尽力しました。一方、幾松は山口藩士岡部富太郎の養女となり松子と改名、正式に孝允の妻となりました。孝允は明治10年死亡、松子は尼僧となり同19年43歳の生涯を閉じました』

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小浜湾は台風の影響で、海面が荒れていました。重い雲がたれ込めています。強い風はなま暖かくしめっていて、吹きさらされたカラダはすぐにべとつきました。

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いずみ町商店街の魚屋の店先、小浜名物「焼きサバ」。

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やはりNHK朝の連ドラ「ちちとてちん」はたいしたものです。この若狭屋はちりとてちんを商品化した関連物産の販売所。I love OBAMA を全面に、あのオバマ大統領人形も塗り箸と並んでいました。近くには寄席亭も新設されています。

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「解体新書=ターヘルアナトミア」の杉田玄白は、ここ小浜の出身ということで、蘭学医書(?)を手にした銅像が立っています。その背後に見えるのは「杉田玄白記念 公立小浜病院」──総合病院です。「ウン? 公立とはききなれぬがサテ?」病院の受付で聞きました。「小浜市立ではありません。小浜市近隣市町村が共同出資・運営している病院です」。ご多分にもれず赤字で経営が困難だろうな、とは思いましたが、まさかそこまで聞くわけにはいきますまい……。

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「山川登美子記念館」がありました。山川登美子ときいてすぐわかる人は、短歌をたしなむひと、あるいはかつてかなりの文学青年だったひとでしょう。かなりマイナーな歌人です。記念館(観覧料300円)パンフレットによると──『山川登美子は、明治12年(1879)、小浜市千種で生まれ、幼少期を小浜で過ごしました。/梅花女学校の研究生になった頃から、「明星」の社友となり、与謝野鉄幹・鳳晶子らと知り合い、その後結婚を機に一時歌壇をはなれ、夫に先立たれ、日本女子大学で学びながら数々の歌を生み出しました。しかし、病を得て小浜に戻り、明治42年に30歳で、この家でなくなりました。/山川登美子の生家が平成17年に、翌18年登美子の遺品が小浜市に寄付されたことから、19ねん4月に山川登美子記念館として開館しました。生前の遺品、歌稿が展示されています。』

特別企画展「一人は在りて一人天翔ける─鉄幹、晶子、そして登美子─」が開催されていました。

わが為めに 路ぎよめせし 二少女 一人は在りて 一人天翔ける(鉄幹)

それとなく 紅き花みな友にゆずり そむきて泣きて 忘れ草つむ(登美子)

晶子とともに鉄幹に師事していた登美子が、父の勧める結婚により、ふたりと離別するときにうたったのが「それとなく……」です。わかりますよね、登美子のいうにいえない、くるしみ、くやしさを。「明星」「スバル」などが展示されていました。ブログの回顧でもうちょっと、掘り下げて見ることにしますので、今回はざっとしたところのみ。

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昨年が登美子没後100年目、それをゆかりとして記念館入り口前にたてられました歌碑です。

とやこうして、小浜市内散策を終えました。雨は時折はげしく降ります。風はだんだんおとろえてきました。

前の旅では宮城地震に遭い、こんどは台風に遭いました。でもこの台風、敦賀湾から、岐阜、長野飯田(カミさんの故郷)、そしてどうやら東京方面へ向かっています。だれやらさんのように、台風に託して、私の物思いをはこんで行ってもらいましょうか。

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コメント

お化けはアンタです、あなたその豪勢な部屋に幾らで泊ってるの? 写真で見ると、さすがに旧家の面影が色濃く残っている。
台風も一日の足どめ程度で何とか成るのかしら?
文学話は回顧録にでも、あたし手が(頭)が出ないから (^^)
若狭ぐじの干物、そんなにするの?? 一枚買って宿で焼いて貰って見ては、メッチャ旨いんです.
あたしにも半身でイイから送れー!!!

投稿: すーさん | 2010年9月 8日 (水) 23:24

コメントありがとうございます。連日の猛暑にバテぎみだったのですが、一転台風9号で小松市で足留めいい休養になりました。
お互いに明日から頑張りましょう。

投稿: えっちらおっちら正雄 | 2010年9月 8日 (水) 20:09

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