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2016年10月2日 - 2016年10月8日

熊野那智大社 青岸渡寺参拝

すこーし晴れ間がのぞいたのに、またくもりはじめました。雨は降ってほしくないのだが……

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那智大社と青岸渡寺にまいります。一般道の民家の間を通って、しばらく山道を行きます。

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ずーっと奥へ続く参道=山道を、足弱の方はお杖をお借りしてのぼります。かなりの距離がありそう。

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山道の途中に「那智郵便局」があります。那智の記念切手が販売していることを後で知りました。絵手紙に貼るのにいいかも。赤丸のっぽポストも現役でした。

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那智は「那智黒石」が名産。参道に出ているこていなお土産やさんには、黒石を加工したさまざまな品物が並んでいました。碁石、硯などが主なものです。中には、工房スタイルで加工作業を実演している店舗もありました。

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山道から目をやると、遠目に那智の大滝が見えました。

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かなり息があがってきました、老体の身にはきついのであります。でも、このカーブしている階段をのぼれば、安堵できる……と、気弱に思う。

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「熊野那智大社」=「那智山熊野権現」の大鳥居に、やっとこさ到着。汗びっしょり。ふうふう、ヒーヒー、呼吸は乱れて、弱っている心臓には決して良くないはずだ。でみなぁ──

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まだまだ……そうそう簡単には終わらないのが旅というもの……
四国遍路の寺々の参拝とおんなじ。寺は山の上にあることは、じゅうじゅう経験ずみではありませんか、老拙さんよぉ。愚痴をこぼしなさんな、みっともない!

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着きました。今年の干支のサルが巨大化して迎えてくれました。

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朱塗りのあざやかな熊野那智大社本殿。改修されたばかりのように、うつくしい神殿であります。

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わき宮も朱色がかがやいています(うっかりしてなに宮なのか、おぼえておかなかった。ネットをみればわかるはずだが)。

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那智大社の右にすこし低く隣接しているのが青岸渡寺。こちらは木造、檜皮屋根の古い趣きをとどめている青岸渡寺。いうまでもなく、神仏習合を色濃く残しているのが、那智大社と青岸渡寺なのです。そして、寺の奥に行くと──

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書籍、テレビなどでさんざん目にしてきた、天下に誇るべき、絶景が見られました。この光景を見たさに今回の旅にきた、のでもありました。
記憶より記録を、と旅先ではカメラを駆使していますが、この風景ではしっかりとおぼえておきたい……しばらく、この景色に見惚れていました。
そのとき、背中にスーッと涼しさを感じたのは、あながち汗が乾いたばかりではありませんネ。

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印象をさらにつよめ、記憶の奥深くにとどめようと、うんとカメラでひっぱってシャッターを押しました。

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那智大社、青岸渡寺をぐるーっと一周して、また那智大社の大鳥居前に着きました。これから下山です。

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紀伊 那智大瀧を仰ぎ見る

熊野古道大門坂から那智大滝へと向かいました。

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これより那智の滝へ。那智の大瀧は飛瀧神社でもあります。むろん大瀧がご神体です。

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木々がうっそうと茂る石畳道をくだってゆきます。石畳とはいうものの、けっこうきつい階段状の道になっています。神域はどこでもそうですが、原則、右側通行なんですネ。

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わかいお姉さんが信じらんないスピードで追い抜いてゆきました。しっとり濡れた石畳で滑らなければ、と老体のわたしは心配します。

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まもなく、下りきったところが、大瀧前らしいのだが……あのお姉さんは、どこかしら……ずいぶん早くについたようだ。

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ぱっと開けた──大瀧前に到着です。

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大瀧到着。ここは、シーズンには、人手でいっぱいになると聞きました。心配していた、ぴゃーぴゃー、フンダラミャンダラ……などのことばがきこえず、静かに参拝するひとたちばかりでした。──画面右の黒い影は、巨木の幹です。アングルがわるかったせいで、変なものを写し込んでしまいました。

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許されている見物垣根の、ぎりぎりまで行って撮りました。

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振り仰いで、滝口を目いっぱい引き寄せて、写真に収めました。手ブレもなく、流れ落ちる水、荒々しい滝口の岩々、それらを取り囲んでいる草木……よく撮れました、と自画自賛です。

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那智御瀧  飛瀧神社のご神体として、篤くおまつりされていることが、この祭壇でよくわかりました。お賽銭も忘れないようにいれて、一応、2礼2拍手1礼して、尊崇の気持ちを捧げました。「この旅が、事故なく、怪我なく、災害なく、病気なく無事終えられますように」といつもかならずする、お願いをしました(たくさんのお願いなので、さしあげるのは小銭なんかではありませんよ、念のため)。

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インターネンとの発達、スマホの普及等々、この世の中、いともたやすく必要な情報は手軽に得られるようになっています。ことごとしく、ぐだぐだしい説明は、もはやこうしたブログには不要になっているのかもしれない。ということで、いつものようにこの那智の滝の説明ははぶいて、案内板をアップしておきます。

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中央の朱塗りの社殿には、通行止めの高札が立っていて行けません。行ってみたいなぁ、知りたいなぁ……デス。

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ありがたく那智の滝を参拝して、石畳を戻ります。
次なる那智大社に向かいます。どうやら陽が出てきたようです。

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紀伊勝浦温泉から熊野古道大門坂へ

巨大な温泉宿泊施設でした。島のてっぺんにも施設を設けて眺望を誇り、6つの温泉浴場(一つは改修中)を館内にめぐらし、まるでレジャーランドのようでした。あのバブル絶頂期に拡大し膨張して今日に至った、そんな印象です。ですから、つねに多くのお客を呼び込んでいなければまわらないのかも。ですから、客層はほとんど団体客、とおもわれます。

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ともあれ、朝です。窓から見下ろせば、漁船がうごいています。

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勝浦の町と海に突き出ている突堤は、そろそろと活気がたちのぼりはじめています。こまかい雨粒が風にまっているようなので、今日の天気がすこし心配。

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朝食はバイキング。最近はどこも、このスタイルになっているのは、経営と効率を求めざるを得ないからなのでしょう。しっとり、ゆっくり、そんな食事をするにはそれなりの……ということにならざるを得ないのでしょうネ。

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フェリーに乗って、勝浦へもどります。亀さんフェリーはまだ運航していないのかしらん。

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勝浦は漁師町でもあります。漁を終えた網を忙しそうに干しています。

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せっせと網を繕っているのは、ご夫婦とジッチャンか。

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フェリー客を当て込んで、にわか朝市を設けて、よびかけていました。おばちゃんたちですね。魚介にはひとだかりしていましたが、このおばちゃんのパラソルでは柑橘をあつかっていました。でっかい荷物を手にした温泉帰りなのに、さらにおもたいミカンなどを下げて帰るのは……ごくろうさまデス。

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那智へ向かいます。それには熊野古道をゆきますが、第一に体験するのが大門坂。熊野古道の雰囲気をあじわいます。

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ここから、熊野古道らしさがじょじょに、自然によって演出されてゆきます。

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かつて熊楠が居住していた旧宅。熊野研究、粘菌研究、熊野の自然保護の先駆者として、尊敬すべき人です。驚異的な博覧強記の大学者です。

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石造鳥居をくぐれば、いよいよ神域をすすむことになります。

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熊野詣の女臈装束を、おのぞみならば「レンタルしています」のお店もでています。

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クスノキ、杉などの茂る石畳を奥へ奥へとすすみます。

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息が切れてチョッと一休みしたくなってきたところで、パッとひらけたのが大門坂のてっぺんでした。やれやれ……

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この先はまだ続きますよ、那智の大瀧へ行くなら……。

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並行している車道に、三本足の八咫烏(やたがらす)の案内表示が立っています。あと2キロがんばりなさい、とばかりに距離がでています。

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曇っていますが、周りの山々はすこしずつ明るくなってきたようです。

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今宵のお宿は紀伊勝浦温泉

けっこう歩いた一日で、疲れました。ふだんの日常は、夕方散歩以外は一日の大半は書斎暮らし。はなはだしい運動不足のからだ。旅に出なければ、まず、あるきまわることは、ない。それだけに、32000歩もあるいた今日の運動量は、ハンパないのだ。

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暮色に包まれつつある、紀伊勝浦に着いたときには、ホッとしました。ヤレヤレ……

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フェリーボートに乗船するのですが、切符を求め改札をとおるのに、ここもゾロゾロと行列です。

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目指すのは、あの島。島全体が威容を誇るホテルそのものという。あとで、よくよくたしかめたら、地続きの半島だそうな。そうと知ったら、なーんだ、客寄せのピーアールと、「船に乗る」というちょっとしたおまけの趣向と気づき、半分ゲンナリでした。世の中によくある知って損することの一つかもね。

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「温泉とまぐろと世界遺産の町」歓迎アーチをかかげるフェーリー桟橋へ。

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まあ、なんて可愛い。いまふうには「カ・ワ・イー~」
亀さんボート浦島丸が、ほどなく桟橋に到着です。

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船内は、椅子席満杯、立って乗船と、どうも定員オーバーの気配ですけど、ものの10分程度の運行だし、ぐるーっと周りが取り囲まれている湾内を突っ切るだけだから、まっ、いいことにしましょ。大丈夫、ダイジョーブ! ときつく自分にいいきかせます(怖がりで臆病で、まことに困ってっしまう)。

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ボートが到着した目の前が、お宿の玄関口。いや、ホテルが専用の桟橋を設けたのかもしれない。フェリーと宿の経営主体が同じか別かでわかるのだろうが、旅に来てまで、そんなことに思いわずらうこたぁないだろう。どうでもいいってことだ。

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お部屋でくつろいで、おやすみなさい、です。

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紀伊半島巡り3──伊勢皇大神宮(内宮)門前町のにぎわい

伊勢の内宮参拝の後は、かつて「おかげまいりあそび」で旅のくさぐさを晴らしたのでしょうが、いまはそんなことをする人はいない。ピューっと飛んできて、サッと帰る……多少のお土産を買いこんで。
お伊勢さんの門前は名付けて「おはらい町」。軒を連ねてざっと100店舗あまりがひしめいている。折しも、今日は「来る福招き猫まつり」の最終日。旅の途中のお土産購入は、のちのちの旅程にやっかいなお荷物になるので、ぶらぶら散歩、いわばウインドショッピングにとどめておくことに。

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内宮の宇治橋右手に伸びている「おはらい町」は、ここも混んでいそうな人ごみ。

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まず目に入ってくるのは、「赤福」の内宮前支店。ンーと浮かんでくる感想はひとまず置いといて、先へ。

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町並みと商店などの建物は、木造を基本に古い建築形式を保存、お伊勢さんまいりにふさわしく工夫をこらしていると聞いた。
でもなあ、ぞろぞろ行列で歩かされ、「買いなさい、買いなさい」の声にうながされているようで、気分はよくないのだが……。所詮は、土産と食い物を商う店ばかりなのだけれど。

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横丁から一歩、店の裏手に出ると五十鈴川が流れる岸辺に出る。

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川岸から「おはらい町」にのぼる、こんな風情のほうが、のぞましい町並み……だと思う。

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ここが「赤福」本店。つい先年、賞味期限の偽装、売れ残りの使いまわしでさわぎをおこした「赤福」。あまりにも、伊勢参りと赤福餅のコラボで名を売り有名になっている「赤福」──それゆえに、自戒、自制がわすれられオゴリが蔓延したのでしょう、きっと。だって、この町をあるいただけで、いかに「赤福」がえばりくさっているかがよくわかる。出店のようす、店の出し方、看板、そしてその名をかぶせた品物のかずかず……売れればいいんだ、の姿勢が見え見え、とふだんはぜったいに言わない辛口がでてしまいましたょ。

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「おかげ横丁」入口。福招きまつりが開催中、ちょっとのぞいてみる。
江戸時代のおかげ参りの伊勢の様子を再現した町、がコンセプトとしてかかげられています。「えーじゃないか、えーじゃないか」と踊り歩きすることはできないのが、いささかものたりないが、そうそうなんでも思い通りにならないのが、世のツネと申します、がまんしましょ。

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「おかげ横丁」の賑わい、といきたいところですが、なんの変哲もありません。
食い物と安っぽい品物の並ぶ、浅草・原宿あたりと変わらない若いもん向けの店ばかし。「江戸時代のおかげ参り」の様子など、ちーっとも再現されていません。

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真実は細部にやどる、いやちがった、本質は目につかないところにひそんでいる。喧噪な町並みの裏手をぶらつくと……けっこうお気に入りな写真が撮れました。

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帰り支度をしながら、引き寄せられるようにして、ふと気づいたのがここ「旧林崎文庫跡」。長々と説明できないので──

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ゴメンナサイ、お読みください。

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「猿田彦神社」前は、時間がないので走り抜けてしまいました。
ここが、日本全国あちこちにある「猿田彦神社」のいわば総社。
猿田彦は、いわゆる天孫降臨の際に、天照大神に遣わされたニニギノミコトを道案内したとされる国つ神です。庚申信仰や道祖神、さらには開拓・開墾の地に多くまつられています。つい先月に歩いた、東京の東はずれの江戸川堤にも小さな祠の猿田彦神社がありました。

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伊勢は柿が名産品で、わけても富有柿がたくさん収穫できるそうです。熟柿にすると、そのうまさは……わたしの大好物でもあります。収穫の時期はすでに終わったようで、そのなごりが柿の木にわずかな黄色を残していました。

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紀伊半島巡り2──伊勢皇大神宮(内宮)

案内パンフレット──皇室のご祖神をおまつりする、わが国で最も尊いお宮です。五十鈴川の川上に千古の森に囲まれて、2000年の時を超えて古代のたたずまいを今日に伝えています。
いいですね、こういう文章は。ついひとむかし前だったら、漢字だらけの旧仮名遣いの文語文だったことでしょう、きっと。そんなことににもどらないことを……

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定番写真。内宮入口の宇治橋は右側通行厳守で渡ります。

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五十鈴川の流れ、そして一帯の自然派原始のまま、とか。

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あな、めでたや、めでたや、な! 「おめでとー」と声をかけて、パチリ。
なんでもありなんだ、ちかごろは。わたしは、こんなひとの往来がはげしいところでは、とてもはずかしくって、こんなマネはできないな。もっとも後期高齢者は、そんな思いすら持つべきではない、ノダ。

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沐浴代わりに、五十鈴川の流れでお清めです。身についている不浄をおとします。傍のおかあさん「今まで背負ってきたお荷物をここで流しなさいね」と、娘さんに。ドラマは、ここにもあるんですねえ。

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正宮へむかってゆきます。巨木につつまれ、玉砂利を踏みしめるのはいい気持ちです。それに、鳥たちがけっこう、きれいにさえずっています。

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参拝にかかわる一切をここで。納札記帳、お守り、護符……などの販売も。

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ご祈祷のお神楽を奉納する神楽殿。ここのブロックに、五丈殿、御酒殿、由貴御蔵が立ち並んでいますが、カメラでの一景にはおさまらない。

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ン! エッ? なんだぁ、これは!? いきなり木造の巨大な塀らしきものが。

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塀を目にしてふりむけば、正宮への上り口。正宮の結界を示す塀だったのです。さて、ここからは、やかましく撮影厳禁、カメラはバッグにしまい込みます。
つい先ごろ開催されたなんとかサミットで、世界のお歴々が整列して写真撮影におさまったのも、この階段でのことでした。よっく考えてみると、我が国の皇室祖先をおまつりしているこの場所に案内するのは、あきらかにわがクニタミへのピーアールなのですねえ。こういういやーな感じを抱かせることが多くなりました。クワバラ、クワバラ。

案内パンフレット──(アマテラスをまつる)正宮正殿は五重の垣根に囲まれています。唯一神明造の古代の様式を伝え、かやぶき屋根には10本の鰹木がのせられ、4本の千木の先端は水平に切られています。

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のぼったところへはおろさないのです、べつに設けられた正宮参拝後の降り口です。

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御稲御倉(みしねのみくら)の屋根を支える柱のさきっぽ。20年ごとの遷宮のゆらいをときあかす、そのひとつがこれ。地面の上に直接建てられたじか柱の木造建築は、木の縮みとともに柱は地面に沈んでゆく、そして屋根をささえる柱とは隙間があいてゆく、補修しなければならなくなる。いわば式年遷宮のバロメータにあたるのがこのスキマなんです。ニートをばかにしてはいけませんよ……伝統と技術の継承は、こうして保たれ続けていくのですから。

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天照大神の荒御魂をまつる別宮の荒祭宮。荒御魂とは、神の特別な働きをする状態、神が現れた状態をいう、と。
この宮の様子がいいので、別の角度から──

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静謐な感じをとらえたかったのですが、参拝者が写り込んでしまって、残念。

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ここもパワースポット。巨木の根方の数多くの白石がそれ。こういうことをスピュリチュアルっていうんだっけ? 信じ込んでいる(とくに若い衆)からすれば、なんともいかがわしいもの、なんておもっているわたしはヒンシュクを買うことまちがいなし!。

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もう内宮を出ることにしました。宇治橋の下に回り込んで、その木組みを見ました。

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最前花嫁花婿とすれちがったあたりでの五十鈴川をのぞく。こちらはずいぶんとはやい浅瀬の流れでした。

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鳥居で頭を下げて内宮参拝はおしまい。
これから門前町をすこーしぶらつくことにします。

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紀伊半島巡り1─名古屋から伊勢豊受大神宮(伊勢神宮外宮)に

台風などで不順な気候がつづいていました。それも、どうやら落ち着いたようなので、紀伊半島めぐりの旅に出ました。

今回は、パソコンを持って行きません。
日にちを追ってのブログ更新にはなりません。
旅先のポイントごとにくくって、まだ見ぬ光景写真をどうぞ、とならべます。

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ふだん4時ごろ起床なので、ゆっくり支度をしてザックを背負って(8キロ弱)出発です。足は、それなりのトレッキングで。

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東京駅は、そぞろ人手が出ています。並みいるお勤めの方々のじゃまにならないように、新幹線乗車です。

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名古屋駅に着きました。この先は名鉄やJRの鉄道には乗りません。

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バスに乗ります。ピューッとはしりながらも、なんだかセカセカしいのはこのみではありません、せまっ苦しいのをしのげば、やっぱりバスがいいですバスが。

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伊勢神宮は、まず豊受大神宮=伊勢神宮外宮からめぐります。仕事で出張した折に、ナイショで来てから、かれこれ50年ぶりの再訪です。──は、おかしなことに、この次に行く内宮には、そのとき行かなかったには、サボってはダメよと天の声を聞いたからかも。

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ひしゃく一杯の水で、左手、右手の両掌の不浄を落とし、口をすすいで、残りの水で柄杓の柄を清める、手水場……お嬢ちゃんも見よう見まねで、上手ジョーズでした。四国遍路の寺々のような、濡れた手を拭くタオル・てぬぐいのたぐいは、どこにもぶら下がっていません。

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豊受大神宮正宮(しょうぐう)。内宮とおなじ様式の正殿はこの鳥居をはいった中にあります。天照大神の食事をつかさどる豊受大神をまつっています。
写真撮影はできません。中央にたたずんで記念のポーズをしているおじさん(ハテサテ、だれやら?)のようにしか、カメラが向けられないのです、ここでは。

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いまハヤリだそうな、こんなパワースポットが。ほかにもう一か所、こんなふうに両手をかざせば、チカラをいただけるとか。ただし、掌を石(岩)に向けるのではなく、自分のほうに向けるのが正解だとか。石に掌を向けると、いやいやー、と腕を伸ばして受け取り拒否の恰好になってしまうんだ……

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正宮とは川をはさんで別宮が三つあるけど、こんな階段をのぼったりおりたり。
楽チンをきめこむには、この下に「別宮遥拝所」があり、足弱をかばってくれます。

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風宮。元寇の役で神風を吹かせて日本を守った風の神をまつっています。

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多賀宮。豊受大神の荒魂をまつっています。

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そして、別宮最後の土宮。この外宮の宮域の地主神です。

ほかにも建造物、ゆかりの施設、とりわけ遷宮のために設けられる古殿地などみどころ満載です。ですから、くどくならないようなチョイスをしなければなりません。

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