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2017年6月

根室半島根室岬→厚岸味覚ターミナル→釧路プリンスホテル 北海道・道東をツアーで再訪3-3

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国道44号線をひた走り、根室に向かいます。

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根室市内の街路樹は、函館市内のそれと同じナナカマド。ちょうどいまが咲きはじめか、小さな花々が……この木は秋・冬の紅葉には、赤い実をたくさんつけ、真っ赤に燃えるようです。

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車窓からちょっと奥まっている、この道路の先に見えるのがJR根室本線の根室駅。根室駅を出発して最初に停まる無人の東根室駅が、日本最東端の駅。

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根室の市街地、鳥取からの開拓移住者が作り上げた鳥取町うんぬんのガイドさんの説明を聞いているうちに、道道38号線。左右は原野のような牧場になりました。

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根室半島の突端納沙布岬(ノシャップ岬は別)──のさっぷ岬に到着。
本土最東端の岬です。すぐ目の前が歯舞諸島なのですが、霧が深くて見えません。

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この巨大なモニュメントは「北方四島の架け橋」。
あたりいったいは、「北方領土を返せ!」で満ち満ちています。わたしは、いわゆるソ連、ロシアによる北方日本領土の不法占拠という主張に与(くみ)します。
早く日本に返還されてしかるべきです。

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「祈りの鐘」です。祈りを具体的に……とおもいました。いい音色でしたよ、蔵王山のてっぺんで打ち鳴らした鐘のように。

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「北方館」。ここから歯舞諸島がよーく展望できるとのことです。

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駐車場わきのお休み所で、休憩。そして、お決まりの観光客目当て、特に団体ツアー様向けのお接待とお土産品案内と販売がおこなわれました。

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雨のそぼ降る中を厚岸に戻り、今日は最近人気急上昇といわれている「味覚ターミナルコンキリエ」で、夕食です。コンキリエとはイタリア語、地元の素材を生かした「貝の形をした食べ物」を意味するとか。
ツアー会社のあたらしい企画ですけど……果たして、どうか、お味のほうは。

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2階レストランで炭火焼です。隣接する魚介市場のシュンの食材を、客自らがジュウジュウ焼きます。海鮮炭火焼きバーベキューということ、です。
具材は、厚岸の語源(牡蠣のあるところ)であるカキ、ホタテ、ホッキ貝、サンマ、サーモン晴らすハラス等々、カンカン熾きている炭火に顔がやけるのじゃあないかと心配しながらいただきました。
焼き牡蠣の食べ方(お店の説明パンフによる)──
1、丸みをおびた方を下にして焼きます。
2、しばらくして表面が完全に乾き、中の汁がふき出してきたら、ミディアムとして食べ頃です。
3、しばらくすると口があきます。中の汁がジュージューとなってきたら、ウェルダンとして食べ頃です。
──思い出すだに、アアうまい、もう一回食べたいなあ、です。

食後、一階の小さな水族館を見させてもらいました。

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これらの魚類も厚岸漁港に豊富に水揚げされるので、なろうものならいまいちどこの地を訪れて、いやっというほど食ってみたい、ですね。

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雨の中をこれまたひた走り、釧路プリンスホテルに到着。14階建ての高層ホテルです。おそらくは釧路では最高級ではないかしらん。
釧路にチャリンコで着いたときに泊まったビジネスホテルとは格がちがう、とってもとても。あかるくたのしい夢が見られような快適な睡眠がとれるでしょう、うれしい、です。

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野付半島→標津「うみの公園」→根室風連湖 北海道・道東をツアーで再訪3-2

バスが迎えに来ています。野付半島先端から18キロを走り抜け標津町へ向かいます。自転車でここに来た時には「ただ砂嘴の道を往復37キロを行くのはツライ、それに見るべきこともなさそう」と判断してスルーしたので、いわば「やっぱり来たよー」と……懐かしさ半分の気持ちを置いてゆきます。

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標津町に来ました。なんといっても標津は漁業の町の印象が……町中そのものが海と魚のにおいにつつまれている感じです。いい空気を思い切り吸いました。

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ネットで名の知れている標津郷土料理屋で。おいしい「海鮮丼ぶりとお吸い物」の昼食をいただきます。

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標津神社です。食事の早いわたしはひとあしお先に抜け出して、お店近くの標津の町をブラブラ歩きです。北海道には、じつにさまざまな宗教施設があります。諸宗教、諸宗派いろいろです。おもうに、北海道開発で入植した人々の苦しみ、あるいは望郷の念をいやすヨリドコロにされたのでしょう、そう思う。
何気なところに大きな鳥居、小ていな神社や仏閣、豪勢・ちんまり、見落としそうな道端に……エッ、こんな……とおどろかされます。
いつの時代もそうですが、生きるための悲しい努力をかさねるためには、どこかで助けてもらえるなにかが必要なのでしょう。

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標津漁港に行きたかったのですが、時間が足りない……標津漁港を遠くに見えるここまで来るのが精いっぱい。

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せいぜい「しべつ海の公園」で我慢です。標津番屋のこの建物は、イベントに使われているようです、中は広ーいスペースで、テーブル、水回り、ガス台などなど……BBQ用の道具類もあります。今日は入り口わきの事務所に管理人らしき人がひとりでお留守番でした。

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若くてきれいなお母さんともうすぐ2歳というかわいい男の子が、公園にお散歩、おひるを食べていました。小さな手を一生懸命ふってくれました。いいなあ、しあわせそのものの母子、です。

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さて、ふたたびバスで移動。腹がくちくなって、車内は居眠りのコックリサンばっかり。メンバーのほぼ全員が高齢者、ちょっとのマがあるとすぐ眠くなるのは、わたしにはよーくわかります。
放牧もすっかり見慣れた光景になりました。

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根室に向かって、途中の風蓮湖で一息入れる休憩です。
寒くなりました、雨がポツポツ……

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約300種の野鳥が確認される、全国屈指の野鳥の楽園地です。ラムサール条約登録地です。左手奥の春国岱(けむって見えなかった)とそのふもと一帯の植生とともに、野鳥や動物たちの生息が確認されています。

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道の駅「スワン44ねむろ」でお茶しました。眠気を覚ましました。
本州の最東端根室半島の岬へと、小雨の中をバスは行きます。

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屈斜路湖畔→尾岱沼→野付半島 北海道・道東をツアーで再訪3-1

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屈斜路湖畔のプリンスホテルの室内に額に収められていた地図です。

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朝食は、私の好きなバイキングビュッフェです。食べ過ぎないようにしなければなりません……

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朝食は庭園を眺めながら、デス。
屈斜路湖展望と湖水めぐりは、次の機会にしましょ……いつ来れるかわからないけど。

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尾岱沼漁港で野付湾観光遊覧船にのります。

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野付湾の案内図です。ちかごろこのブログでは、このテの物を添えて文章をはぶくようになっていますね、困ったもんだ。安直なやりかたにはしっています、よくないです。

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乗船です。約30分の航海です。

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これから行く野付半島(砂嘴)について教えてくれます。

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すごいエンジン音をひびかせ、ブルブル船体を震わせてけっこうな速度です。

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湾内の航行で見られるのは、ほとんどがこんな光景。遠くに霞みがちな陸地だけです。トドの姿が見られることもあるそうですが、本日は影も形も見えません。

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三角形の帆が二枚ついている帆掛け船は、この湾内でとれる名物─シマエビとりの「打瀬船」。江戸時代からの伝統がある、とか。

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トドワラ桟橋に到着。激しくゆれる鉄製桟橋です。
野付風連道立自然公園に上陸し、観光歩きをします。

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ゆれる桟橋をバランスを取りながら歩くのは、目線が下を向きますのでだんだんめまいに近い状態になります。酔ってしまうんじゃないかなァ……こわいです。

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やれやれ砂嘴につきました。砂嘴(入り江の一方の岸から突き出した、細長い砂地。天の橋立なども)を、ザクザク砂を踏みしめてゆきます。

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どこまで伸びているんでしょう、ね。かなりの距離がありそう……。

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とにかく、鳥の嘴(くちばし)のように、両方が波打ち際の砂地です。

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鳥といえば……鶴、ツル、つるですよ、3羽のツルが……みんな「オーっ」と歓声をあげています。うれしいです、歓迎してくれているんでしょう、まちがいない!

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砂地は歩きにくいです、そう感じ始めたやさき、この先に木道が見えてきました。

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木道はヒト一人が歩ける幅で30センチ以上の高さがあります。一メートルの高さがあるところはありませんけど、「落ちたら……」って、緊張しながらのウォーキングです。年取ると、どうしても、やることなすこと、臆病になります。

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木道の曲がりコーナーあたり、なにやら塩っぽく一面の砂地が白くなっています。どうしてなんだろう? 疑問に思いながらも、後で確認するのを忘れてしまいました。忘れっぽくなるのも、年取った証拠、ってか。

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立ち枯れの樹木がボチボチと目に飛び込んできました。まだ生きてけなげにたっている樹、枯れて倒れて朽ちている白い木々の群れです。トド松の立ち枯れです。年々その数が増えているので、この光景を残そうにも打つ手なしです。地下水位が大幅に低下しているので、深刻とききました。

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立ち枯れのきぎのあたり一帯は、トドワラと名付けられています。

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トドワラの枯木群の案内──

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ここから先の散策の終着点=野付ネイチャーセンターまでは、まだまだかなりの距離があります。足弱の人向けに500円のトラクターバスが運行しています。なに、わたしらふたりは、歩き切るつもりです、かみさんガンバレ、ってなもんです。

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砂地とはいえ、こんな花や──

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あんな花──

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文字どおり可憐なちいさな花──

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きみ、あそこに見えるのが目標地点だ!
ひだりがわにネイチャーセンター。
ン! 真ん中の高床式の巨大なものは? あとで感心しましたが、津波などの災害避難施設でした。

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ネイチャーセンターからの野付半島展望です。

このあとは、標津方面に向かいます。

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知床自然センター 自然散策 北海道・道東をツアーで再訪2-3

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再び知床峠の峠口そばに戻ります。

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知床自然センターで、これからの知床の森ウォークの事前説明を聞きます。

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「フレペの滝 遊歩道」=断崖と海を眺めるウォーキングコースです。

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知床自然遺産は動植物の共棲する生態系を評価されている世界遺産です。遊歩道はあくまで自然優先にのっとって整備されています。それにちなんで、ツアーの皆さんそれぞれが行儀よく歩いてゆきます。

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わたしらのツアーにはふたりの自然ガイドさんがついてくれました。私のグループのガイドさんは実に気持ちのいい青年で、思いやり深く優しく勘所をよくガイドしてくれました。ちなみに、ここではガイドさんの後ろの立ち木を保護している網についておしえてくれました。エゾ鹿が食べるものがなくて(とくに真冬の積雪時)樹木の皮をはいで食べるので、立枯れてしまう。その対策、とのこと。積雪の高さよりも高く何重にも丈夫な網がまかれていました。

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やがて、林と森を抜けて草原に出ました。

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ガイドさんが遊歩道にクマの糞を見つけました。熊はこの一帯に棲息しています。でも、めったなことではツアー中に遭遇することはないそうです。熊の出没情報はセンターで掌握しています。出没はきちんと確認されています……クマに逢ってみたいような、それも怖いような──勝手です、わたしらは。

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エゾシカの食性によって、ゆたかな知床の植生も大幅にかわっているのが、ここの草でわかります。エゾシカが食べない草だけが繁茂するんだそうです。

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オホーツク海岸に到着です。

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さきほど知床半島遊覧船からながめたばかりの「フレペの滝」を見下ろせる地点に到着です。圧倒的な質感と雄大な景色に言葉を失いました。
写真の真中右寄りの滝はちょっと見ずらいのは、カメラマンの未熟ゆえです。勘弁してください。

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つい手の届く近さ。エゾシカの食事中。お邪魔したかな? ごめんなさい、ね。

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草原エリアから森林エリアに戻る途中、木立の奥に母子のエゾシカを見つけました。一同、歓声をあげました。ガイドさんも、「この季節の母子連れはめずらしい、小鹿(バンビみたい)は警戒して姿をみるのはまれなことです」と。

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あらためて自然センターで、ウォーキングコースのパネルを見て、そこに貼られているカレンダーの熊出没(遊歩道への)情報におどろきました。

知床自然センターは、知床の大自然を楽しむための情報センター。知床財団の運営です。

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知床峠から降りました。「さいはて市場」=北海道さいはてにある市場です。海産物と軽食、そしてお土産を物色です──女性のたのしみです、な。

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わたしは8年前の訪問の思い出に慕って、「知床キャンプ場」案内小屋へ。無人でした。どうも閉鎖されているみたい……。

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アメリカの青年がローラーボードでやってきました。どこからかはききませんでしたが、これから知床峠をローラーボードで越えるんですって。
「ほんとかいな、あきれたナァー、もう」です。四国遍路を同じスタイルで巡っている人に会ってびっくりしたこともある──考えてみたら、66にもなってチャリンコで峠越えをしたひともいるのですから、そんなに驚嘆することもないけど……だれのことかっって? それはわたしなんです、よ。

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オシンコシンの滝を素通りし、三段の滝を見て、知床国道から斜里、そして屈斜路湖畔までのロングラン──バスです、車中はみなさんぐっすりの居眠りです。

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屈斜路湖畔に到着です。屈斜路湖に棲んでいるという姿が見られない「クッシー」君が出迎えです。
今夜の宿泊ホテルは、屈斜路湖一望のロケーションです。

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知床半島遊覧船乗船 北海道・道東をツアーで再訪2-2

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知床半島の地図。知床岬をウトロ港から岬の突端までの半周を往復で、大型船で海岸線を巡行します。
曰く「山の中腹から上だけが、海から顔を出すような地形になっている半島の海岸線には険しい断崖が続いています。その絶景をたのしめる……〔観光船〕です」。

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「おーろら2号」は定員400名。3階の船室と2層の展望デッキをそなえています。冬には網走で流氷観光砕氷船になります。

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出港です。長い期間待ち望んでいた知床を海からながめられます。うれしい!

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港を出てすぐに飛び込んできたのが、知床峠への道。ここから8年前に、えっちらおっちら自転車をこいで峠を越えたのでした。えらいなあと思う反面、よくもまあやったもんだ、こんなむちゃなことを、と。……でも、もうできないな、残念だけど。

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朝一番で眼下に見たプユニ岬を海から眺めるのは、なかなかいいもんだ。

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いよいよ、です、半島めぐりは。次々に展開される景色を撮影することで手一杯、そのいちをメモすることができません。

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海岸線が激しく波で侵食されて、こんな穴もところどころにあいています。黄色っぽいところは、この岬が約2万年前からの火山活動でできていますから噴火による硫黄分の流出の痕跡。

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目の前の海岸線のくぼみにあるフレペの滝。午後の散策で、このすぐ上まで歩いて行きます。

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象の姿に似ているので、名付けて「象岩」。
……続々と奇岩や光景、風景などが、どしゃぶりの雨のようにたちあらわれます。コメントを省いて写真をならべます。

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ちょっと説明を……真ん中の縦に細長い岩が頭をかしげている「コケシ岩」。

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火山噴火の溶岩が独特の形をうむ柱状節理が、隆起によってこんな形もつくっています。

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これぞ絶景。非の打ちどころがありません。ねがわくばデジカメ(CanonIXY)ではなく、でかいカメラで撮りたかった……持ってこなかったのは、無念の極みでした!

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知床岬は山だらけ、連山から海へ流れる水・川は多くの滝を現出しています。

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デジカメでおもいっきり引っ張って海岸の番屋を写しました。ここで寝泊まりして、鮭の漁場づくりなどを行わうそうです。

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「熊がいる!」と超望遠レンズをかまえていた人が叫びました。覗かせてもらいました。たしかにいました。ゆっくりのそのそあるいているのが手に取るようにみえました。私のデジカメでは、こんな程度です。かろうじてあのあたりで、でしかありません。あとできいたら、合計で4頭の熊をとらえたとのこと。ヒグマです。

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「知床半島に来られるようになって本当に し・あ・わ・せ」カミさんがしみじみとなみだごえで感動の言葉をつぶやきました。まさしく健康なればこそです。

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知床岬の突端です。陸からは許可を受けなければ誰も行けません。
それでいいです、なんでもかんでもどこへでも行ける必要はちーっともありません。

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Uターンです。心にふかく、よくきざんでおきましょう、この場面を。

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屏風のような……あちこちの屏風岩にも遜色ありません。

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まもなくウトロ港に帰港です。

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ウトロ港で「ゴジラ岩」が出迎えてくれました。

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知床五湖木道と展望台 北海道・道東をツアーで再訪2-1

知床のホテルを出発、今日は「知床堪能」の一日です。三度めの知床訪問でやっと実現できます。うれしいな、デス。

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眼下にウトロ港(知床観光船の母港)を見ながら知床峠の道をのぼります。この道を自転車でのぼり、峠越えを果したのが8年前、78歳。「よくもまー、こんなとこまで来たもんだ!」と自分をほめてのひとことをつぶやく。「ほんと、バッカみたいですよ」ってカミさんはつめたい反応……困ったひとだ、ほめてくれればいいのに……。

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峠のとっかかりの真下のプユニ岬ちかく。鮭の遡上、捕獲、加工(孵化も?)の施設が目にはいりました。例年ここを目指してバイトに来て、その後に北海道を旅する人たちがおとずれるようです。

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昨年4月29日ここへ来た時には、暴風雪にみまわれた悪天候。ウェットスーツでガチガチに固めましたが、五湖めぐりは自己責任ということで、一湖の展望台までで引き返す約束で涙をのみました。
でもって、今回はそのリベンジを果しにきたわけです。

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今日は快晴、知床五湖の内、木道が敷設されている三湖の展望台まで歩きの往復です。まずは林を抜けます。

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林から熊笹が生い茂る荒野の木道を行きます。

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知床連山が、雲一つない真っ青な空にはえて、きれい、キレイです。

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クマが木道に登れないようにすべて、地面より高く設置されています。そして、木道には感電用の電線をはりとおし、通電されています。

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くねくねまがったり、のぼったりおりたりですが、しっかりした木組みの道なので、あるいていてここちよいウォーキングがたのしめます。

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こんな展望台からの一湖の眺望は天下一すばらしい──

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知床二湖展望台からの眺望も、これまたとっても──    ──ことばが出てきません。

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とりあえず木道の終点です。きびしく管理されているのは、この先の知床ガイドツアー縦走路のためです。事前登録とガイド同行がなければ歩けません。なにせ知床は世界自然遺産だし、熊などとの共生が最優先されていますので。

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知床三湖展望台からは、知床連山をバックに知床三湖が目に入りました。逆行気味がただ一つの不満ですが、わたしはこれを見たくて、北海道に3度も4度も来ているのです、大大特別満足です。時間が許すなら、ボケーっと3時間ぐらいこの場に立ち尽くしていたい──

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木道最終地点の展望台ですから、この木碑を写し込んで記念写真を撮ろうとつぎからつぎへと人が立ちならびます。

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カミさんも往復ともゆっくりゆっくりで歩きとおしました。日ごろの回復に向けてのリハビリへの取り組み、食養生、処方通りの投薬などをこころがけ、とにかくきちんとした生活を続けてきた結果、それが実を結んでこうして歩きとおせたのです。

知床五湖フィールドハウスで知床を学習しながら一息入れました。

5年前に倒れて以来の快挙になりました。一時はどうなるんだろう、とおもったこともありましたが、多くの人々の応援、手助けがありました。ありがとうございました、とお礼を申し上げます。

さあ、つぎは知床半島観光船に乗船です。

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釧路空港→裏摩周湖→神の子池→斜里→知床 北海道・道東をツアーで再訪1-2

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あの懐かしい知床連山を眺めながら、バスは斜里を目指して走ります。
最近のツアーは目的地に着くなり、バスでポイントをつないでゆくことが多くなりました。道路がよくなっていることもあって、効率よく動き回ります。かなりの距離を消化します。ちなみに今日は210キロ走行とか。

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今回のツアーの宿泊は、すべてプリンス〇〇ホテルの西武グループで今夜は知床プリンスホテルに投宿です。夕食はバイキング形式です。腹いっぱい食えますので、大歓迎のはずが、寄る年波で目がほしがるほどには食えませんでした。

荷物をホテルに置いてあわただしく外出です。言ってみれば、8年前の8月21日にここに着いてからの行動の再現です。

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知床夕陽台。「夕陽のあたる家」は宿泊施設だが、私には無縁の場所。

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銭湯「夕陽台の湯」。温泉です。

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なんと。管理人さんご夫婦は健在。一声かけて、ちょっと記念写真をとらせていただきました。その節は携帯電話に充電させていただいたり、夕陽台の近所のことをいろいろ教えていただきました。その感謝を申し述べました。

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「国設知床野営場」。有名なキャンプ場です。

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キャンプにはなんの変化もありませんでした。施設に変わったことがありませんが、わたしがここに野営した時にくらべると、キャンプテントやキャンピングカー、それにコテージ利用者は格段にふえているようです。

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埼玉県から自家用車で車中泊したり、こうしてテントを張ったりして、北海道の旅をたのしんでいらっしゃるご夫婦も。

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ここが、私がテントを張った場所。夕陽台の湯でひとっ風呂あびてテントにもどったら、エゾシカが4~5頭テントを取り囲むようにして眠っていました。野営場管理人さんがいうには、「このキャンプ場は周りをクマよけの柵で守っているので、エゾシカは安心して夜になると泊りに来ます」とおしえられたっけ……。

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この方は、たしかイギリスからユーラシア大陸を横断して、シンガポール経由で日本に上陸し、日本一周中の26歳のチャリダー。つたない会話力しか持ち合わせない自分がうらめしかった、デス。日本の後は、オーストラリア、南アメリカ、北アメリカ……と世界一周の予定と聞きました。私にはウラヤマシイけど、やろうと思ってももはやできない相談になっちまったんですね、考えてみるまでもなく!

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コテージには、利用者の姿がありません。さみしい気がします。

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夕陽台へ向かうキャンプ場のみち。大阪から、自家用車バンを改良して完全車中泊で日本一周の御夫婦に会いました。「ふだんは喧嘩ばっかりなのに、この旅のあいだはいちども言い争いはしていませんです」と、奥さんがおっしゃっていた。旅は、夫婦仲をよくするもんなんですね、ウチはどうやら別らしい……

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しずむ夕日。言葉がでてきません。
このぶんなら、明日の知床は上々天気でしょう、たのしみです。

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釧路空港→裏摩周湖→神の子池→斜里→知床 北海道・道東をツアーで再訪1-1

2008年8月21日に自転車日本一周で訪れた北海道・道東をめぐるルートをメインに企画された、3泊4日団体ツアー旅行に行ってきました。
自転車日本一周は、海岸に沿っての走行でしたので、おとずれなかった場所と、印象深かった場所、そしてこの8年の間にかわったところをよーく見てきました。5年間の療養でだいぶ健康を取り戻したカミさんを同道しました(むろん、キツさやあぶなっかしいポイントは忌避させました。乞うご安心を)。

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羽田から釧路空港へ1時間35分のフライト。梅雨のない北海道なのにドヨーンと曇り空……

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たんちょう釧路空港モニュメントで歓迎されました。

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このツアーの足は、おおむねバス移動、斜里バスの運行です。総勢45人で、ほとんど高齢者です。最近目立っているのが、おひとりさま参加で、どうやら5名の方々も含まれているようです。

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まずは、空港から向かう道路は、ご覧のような大きなフキの葉びっしり。

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このツアーの特徴でもあるかのように?「トイレタイム」が頻繁にとられました。その最初が弟子屈温湯・道の駅。バイクで和歌山から飛んできたというライダーさんと、北海道めぐりを語り合いました。私と違ってテント泊はしないそうです。

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最初の訪問地は裏摩周展望台。昨年4月の(驚いた吹雪のなかの)ツアーには、いわゆる普通の摩周湖展望台を見ました。

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裏摩周湖展望台からの摩周湖の景色です。ポツンと湖面に黒点があるのは、中の島です。かつてのような世界一の透明度はなく、40メートル弱だそうです。

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摩周湖から10キロほどの「神の子池」。摩周湖からの伏流水でできた池で、道道からの道路は砂利道。まだ、メジャーな観光地にはなっていないので、なかなかイイ池です。いわば新しく開発されたばかりの観光地といえるかも。

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湧水量が多いのでしょうね、トウトウと流出川は誇らかに流れていました。

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水も澄んでいて、池の底がすっかり見えます。水温も低いので微生物もいないでしょう、きっと。

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浅いところに沈んでいる倒木も、コバルトブルーの底とあいまってよく映えていました。

早歩きもせず、せかされもせず、それぞれのペースで池の周りを散策しました。

あとで気がついたのですが、このツアー自体が、いそがずあわてず、をメインテーマにしているようです。ありがたいことです。このブログも、ちょこちょことアップしてゆくことにしましょ、っと。

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平泉毛越寺参拝へ

2008年6月11日、自転車で東京から日本一周の旅に出て17日目、奥州平泉に到着し金鶏山麓キャンプ場に一泊して、翌朝、毛越寺にきましたが、早すぎて入園できませんでした。それがこころに引っかかっていて、「いつかリベンジ、かならずゆくからな」とひそかに決めていました。

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遠野からJR釜石線上り7時53分発に乗車、花巻に向かいました。ご覧のように時刻表のタイムスケジュールはガラガラ。

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花巻駅で東北本線に乗り換えるための列車待つ間、ざっとタクシーで市内をながしてもらいました。──せわしないこと!

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花巻は、高村光太郎、宮沢賢治ゆかりの地ですが、ゆっくり見物もものかは、あわただしくザーッと町並みを見ただけでした。賢治の親族が経営しているこの林風舎は、喫茶と催し、賢治作品グッズをあつかっているのですが、本日はお休みとのこと。

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平泉駅に到着。9年ぶりの再訪ですが、あたりはなんにも変わっていません。もうちょっと人手があるかと思いましたが、さしてにぎわっていません。

2008年6月12日、金鶏山麓キャンプ場→平泉駅→毛越寺→中尊寺→前沢→水沢→金ヶ崎→花巻→石鳥谷→矢巾町営キャンプ場へと84.11キロメーターを走りました。この2日後に、おおきな「岩手・宮城内陸地震」に遭遇したことが思い起こされます。さらにその3年後には、あの東日本大震災……なのです。

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毛越寺に着きました。今度はあるきですから、駅からずいぶん遠い印象、自転車ではありませんから。

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浄土を夢見てと言われる毛越寺は庭園池のまわりをめぐります。

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何があるわけでもありませんから、かんぺきにそぞろ歩きですごしました。
曲水の宴の場にたたずんでも、遣水の按排をかんがえるだけでした。

で、「ここと同じように自転車日本一周のときに見ることができなかった松島瑞巌寺に行こう」ときめました。

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松島海岸駅に着きました。

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瑞巌寺に着くころには、雨がしょぼついていました。

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瑞巌寺本堂には、どうやら中国の団体がぎっしりでした。聞き慣れない言語が飛び交っていて、まあやかましいこと。

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自転車日本一周でここに着いた日、台湾のリトーキさんが寄進(?)した石碑の除幕式がおこなわれていて、たくさんの人だかりでした。そのため、せっかくここまできたのに、瑞巌寺参拝はとりやめたのでした。リベンジを果したことになりますが、さしたる感慨も湧いてきませんでした、なぜかしら?

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五大堂をのぞきました。この写真の真ん中あたりににある自動販売機の左側階段わきの砂地に自転車をとめて、五大堂をみにゆきました。そして、帰ったら、ガーン!でした。前輪がパンクしていました。なんとツマヨージが刺さって、でした。──その現場に立つと、よくしたもので、こまかーなことまで思い出すんですね、人間は……

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雨の中、JR運賃440円で仙台駅に抜け、そこから帰宅……

追記:明日から「また知床方面をメインに北海道へ」行ってきます。パソコンは持って行きません。リアルタイムにアップできませんけど、帰ったら上げます。

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岩手・遠野に──つづきの2

わたしたちの行動を規定している根源をつきとめたい──そんな衝動につきうごかされて、終末が近い旅の重要なテーマになっている、といえる昨今です。

旅を学問するうえで、民俗学がわたしのまえに浮かんできました。

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軒下に積み上げられている、今や使われなくなった農機具……

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知っているようで知らない、これらの農機具。手を使い、精巧に、どこの村でもつくられて使用されていたのに、こうして放置され朽ちてゆくのはなんとしても悲しい。ひとつひとつの使い方、使い道を、カミさんにじっくり教えてもらうことにしよう、とおもう。

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遠野の地図を見ていて、「福泉寺」を見つけた。大正元年創建のの新しい寺です。3回の歩き遍路を終えているものの、折に触れ4回目にでかけたくなっている私……そのたびに「年齢がブレーキ」をかける、でも行きたいなあの気持ちがウジウジとのこる。そんなきもちにピタリときたのが、この寺の「四国88カ所霊場めぐり」です。行ってみました。

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1番から88番までの霊場とそれぞれの御本尊の石像が、境内の山に設置されていました。2時間かけての巡拝でした。これで、ことしの四国遍路を果たしたことにしましょ。
四国霊場のほか、西国三十三番霊場巡りも設けられていました。おどろいたのは、

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この回廊。境内の総面積は6万坪ということですので、こうした回廊があるのはわかりますが、どうも、どこかで……の思いがわいてきました。
奈良の長谷寺とおなじ真言宗寺院です、この回廊もそこからなにがしかのことをおもわされました。
大観音堂には一木彫の日本最大(18メートル高)大観音像があります。

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五重塔、多宝塔もある、「ええーっ」とおどろくような寺院でした。寺務所でいただいたパンフレットの案内では、この寺の仔細がわかりませんので、いずれじっくり「福泉寺」についてしらべてみることにします。

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遠野を歩いて「民俗」フレーズが至る所にでくわします。
郷土、生活、信仰、まつり、ことば、伝統、文化として私たちの身の回りを取り巻いているもろもろ、古いものと新しいものがからみあっている存在……旅の印象をいだくだけではなしに、それを考える。個々の事象を、正確に過去から今日まで貫くものを知ること、ぼやーっとそんな意識が胸にわいてきました(よくわからないけど)。
「遠野ふるさと村」は体感施設ですが、見物しただけにおわりました。

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南部曲がり屋には、馬も同居でした。この白馬は、イベント用に大事に飼育されています。おとなしい馬でしたよ。かわいーい、ってか。

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遠野の市外の曲がり屋も、こんなふうにリノベーションされていました。ちなみに、このお宅に今現在お住まいなのはご夫婦ふたりだけということです、かつてはいわゆる大家族制で大勢が暮らしていました。

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JR遠野駅とおわかれします。こんど来るのはいつになるかしら。

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岩手・遠野に──つづき

キミ、「遠野物語」を読みたまえ、とまずは言いたい。
それには角川文庫が一番入手しやすい。パソコンで読むなら「青空文庫」がてがるでおすすめ。

また、パソコンで「遠野物語」をウィキペディア(Wikipedia)で検索してほしい──これは以下の写真の説明を省略しているこちらの事情でもある。

ともあれ、アトランダムに写真をいくつかごらんいただきます。

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遠野駅まえ交番はカッパさんなんです。

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遠野では農耕と駄賃馬として南部馬が、たくさん飼育されていました。いまではほとんど姿を消してしまった。そのなごりは、

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市内のバス停にのこっています。市内に動いているバスの本数はきわめてすくないので、バスを使っての市内めぐりは実際にはできません。ちなみに遠野市の面積は東京24区とほぼ同じ。広ーいんです。

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カッパ渕のカッパのように、遠野物語のほとんどのはなしは、具体的な土地に語られていますので、その場所でなければ──
天狗、山男、座敷わらし、妖怪変化、神隠し、幽霊、ばかし、臨死体験、祭る神祀られる神などはもとより死への葬送、さまざまな死や誕生などなど。むろん誕生や性についてもフツーに語られています。
物語のすべてにわたりたいのはやまやまですが、それは無理。ということで、きままに──

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たくさんのオシラサマをみて、

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オシラサマにお願いを書いた服を着ていただき、奉納しました。

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南部まがり家が保存されて公開されています。内部や付属の建屋も見れます。

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湯殿です。風呂──五右衛門です。

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便所です。究極のリサイクル──肥料として循環利用されます。2枚の板にまたがり、紐につかまって用を足すのだそうです。そして、壁板に箱が取り付けられています。紙かと思いきや、紙はとてもの貴重品。そこで、竹を薄く削ったヘラが置いてあります。「これか!」と狂喜しました。禅の語録によく出る「カンシケツ=くそかきベラ」の日本版を見た! そうおもいました。でも、ささくれ立ってでもいたら……とっても痛いでしょうねー。
そばで、若い女性がおかしそうにクスクスわらっていましたが、私らの世代ではべつだんアタリマエだったボットントイレに近似。ナツカシーです、ってなもんで、笑えるものではありません。

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水車小屋が、ごとごとごっとんうごいていますし、米つき、粉ひきもうごいています。

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見慣れた農機具が軒下にならんでいます。もったいないことに、もうつかわれなくなったんですって。ほんの30、いや40年くらい前にはバリバリの現役だったはず。ボクみたいに、ね。
どうやら、もう私の農作業や農家についての認識は、もはや現実にそぐわず、完全にまちがっているみたいです。

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遠野の鹿踊りの装束が申し訳なさそうに、わらのお馬さんと並んでいました。

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この見渡せる範囲のたんぼは4反だそうです。「ここの田植えに2日くらいかかるんですか?」っててまえのおじさんにききました。
わらって答えてくれました「半日もかからない」と。
総出でやった昔ならそうだろうが、いまは耕運機でやるので、ともおしえてくれました。だめですね、都会もんは、そんなこともわからないのだ……

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岩手・遠野に──

5月22日~23日に、岩手県遠野市へ行ってきました。

昨年後半から、伊勢、熊野、出雲へ行きました。それは、思い立って、ちょっと日本人についてを考えてみようと思い立ったからなのでした。。

柳田国男「遠野物語」を若いころから読み親しんでいたにもかかわらず、一度も現地にはいったことがない──そんな思いがうかんだ。それがきっかけで、でかけました。

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遠野市は内陸に深く入り込んでいますが、かつてのような不便なところではありません。「遠野物語」ゆかりの地を、レンタサイクルで丸二日間走り回りました。
市街地では「とおの物語りの館」「遠野市立博物館」「城下町資料館」鍋倉城址」、遠野物語の原語り人「旧佐々木喜善家」「デンデラ野」「伝承園」そしてカッパ淵……見どころ満載でした。そのいちいちの写真をアップしたいほど……

うっかりしていました、日焼けしてしまいました。おもいのほか日差しが強くて、一日目は右腕がひぶくれ。二日目は左がわがピリピリ真っ赤に。宿の風呂にはいるまで気が付かなかったのでした。そうそう、宿の食事には、朝晩ともにアユの塩焼きと羊肉のジンギスカンがついていた。聞けば、岩手県は羊肉の消費量が北海道を抜いて日本一とか。

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遠野はカッパが出るところで、赤い顔に緑のお皿のあたま。太郎淵、カッパ淵、あちらこちらにおでましになるそうな。たしかに、出る。そう確信させる淵にたたずんで、わたしもまっておりました。

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ご心配いただきました。ありがとう。

いろいろな問い合わせをいただき、ご心配をおかけしました。ごめんなさい。
そりゃそうだ、3月以来ブログが止まっているのだから……

グチりたくはないのです、でもやはり、一昨年来の不調が続いているのです。
すこし元気を取り戻しましたので、来週からすこしうごきまわることにします。

で、その前に、5月に東北岩手あたりにでかけたのをアップしておきます。
なにせ、わたしはこのブログを手元の日記のほかに、気楽にしらべられる行状記にしていますので主な動きの一部も落としたくはありませんので。

では……

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