自転車で時計回り日本一周

山陽道 岩国→奈良

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いま、奈良にいます。

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奈良のイメージキャラクター「セントクン」に招かれてきました。
しばらく、奈良に逗留します。

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山陽道 広島駅→廿日市市→厳島神社宮島口→大竹市→山口県 和木町→岩国 錦帯橋 泊

国道2号線を西下するにつれ、歩行者と自転車にとって「なんとまあ冷たい道路事情」となげきつつ進んできたが……

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見てよ! この女子高生自転車登校軍団を。
歩道一杯に広がり、そして、スピードのいやぁ速いこと早いこと!
先方から自転車がやってくると、そのハンドルさばきも上手に、右に左によけて走って行く。わたしは、ただただ唖然としているだけで、彼女らに追い抜かれるさいにこちらがよろけないようにするのが精一杯デシタ。

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宿泊先のホテルを出てから1時間余、自転車通学・通勤ラッシュをくぐり抜け、広島市ともお別れ。ここ(太田川放水路にかかる)国道2号線とバイパス国道2号線橋(この橋は二段構造で、上がバイパス国道2号線)の分岐点。頭上はビュンビュン走っているのに、私のすすむ2号線はごらんのとおりすきすきデス。

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今日も暑い、とてつもなく暑い日です。熱中症──私らの世代は「日射病」と言ったものだが──にならないように、ホテルを出るとき2000ccの冷たい水をペットボトルに入れて、途中何度も飲んでここまで来たが、もう間もなく水切れになりそう……。
安芸の宮島へは、このフェリーを利用して3度行ったことがあります。4度目はパスしてもいいだろう、ということにしました。あの赤い大鳥居を写真に、と思いましたが、ダメでした。

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これが、コンビニで調達する「マイ休息三点セット」。セブンイレブンに入れ込むようですが──のどに優しく、適度の水分補給に成り、いささかのカンフル効果も得られるという、何度かの経験で理想のアイテムになったのでした。イチゴかき氷60円、挽き立てアイスコーヒー・レギュラーサイズ100円、そしてポカリと同じスポーツドリンク168円と、みなお得なモノばかりです。

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「日本一周ですか」と声をかけてきたのは、Bon-Bus のドライバー二人です。右の方が昨日、広島と錦帯橋を日帰りランしたものの、左の方を誘って今日もまた錦帯橋日帰りバイクトレイルとか。Bon-Bus ドライバーのおふたりは、さっき通って来た国道2号線がバイパスと分岐したあたりの町を運行している巡行バスの運転手さん。すばらしい高級車、しかも思いっきり腰高のサドル、かなり乗り慣れた方々と推察しました。
一息入れ終った私のほうが、先に出発しましたが……

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すごいですねぇ、先発して30分もたたないうちに、暑さにヒーヒーいいながらペダリングしているわたしを、「お先に」といとも涼しげに追い抜いて行ってしまいました。若さに感動です(多少の嫉妬をまじえながら)。なお彼らとは、あとで、錦帯橋でふたたび会いました。

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ついに山陽道の最終県、山口県に入りました。このあたりは三菱レイヨンをはじめ、広島湾の湾岸コンビナート、プラントなどが目白押しに連なっています。

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錦帯橋も4度目の訪問ですが、今回は橋の向こう側をつぶさに見てこようと思います。3度目の見物のときは、ある若者が軽自動車でこの橋を渡ろうとして橋に大きな傷跡を残した直後のことでした。そのことがあったのは、もう20年ほども過去のことでした。
観光案内所に紹介された宿に荷物を預け、カラ身の自転車で町を見物した後、錦帯橋の向こう側を観光しました。
その委細は、これもまた後日補遺として紹介します。

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宿は「元祖 岩国寿司の宿 三原家」。
玄関を入ったとたんにレジャブー!
なんだ、20年ほど前にツアー観光で評判の岩国寿司をいただいた所でした。たしかこの家の二階の大広間で……と女将に話すと、「どうぞご覧ください、ご案内します」。ゆうに150人は座れる。障子の桟を背にした中頃の席まで思い出した。よほど、あのときの印象がつよかったのでしょう、きっと。

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創業300年余、当主は8代目(もと国体のスキー選手)、建物は築90年の純和風。風呂がコッテいて岩風呂づくり──
それでいてリーズナブル、まったくいい宿に当たったものです。
さて、ブログを更新したら、岩風呂に入り、汗を流し、この宿元祖の「岩国寿司」をいただこう。和室にふとんで大の字になって、極楽ゴクラク──いいユメを見ることだろう、今夜は。

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山陽道 竹原 湯坂温泉郷→八本松→海田→広島市 原爆ドーム&広島平和記念館

4時半に起床、5時からの露天風呂で入浴。

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浴場を独り占め。温泉のヌルヌル感がたまらない。極楽極楽だ。

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今日は心して走らないと、とんでもないことになる。トンネル通過が三つ、バイパス無歩道が2カ所。

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西条バイパスで、国道2号線300キロポイントに達しました。ごらんのように、歩道なんてその気配すらありません。こわいですよ、どでかいダンプなどが、すぐそばを飛ばして追い抜いて行くんですから。

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こんなとんでもないメチャクチャ道路が、「国道」2号線だなんて信じられますか? 日本国の道は、すべてクルマの道なのです。
 
自転車から降りて、押し歩きです、しかもガードレールにズボンをこすりつけながら歩かなければ、まちがいなくクルマに引っかけられるでしょうナ。

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これから広島市に入ります。

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午後2時でした、JR広島駅を表敬訪問したのは。竹原のかんぽの宿を出てから6時間もかかりました。その6時間も、けっして大げさではなく、恐怖の連続でした。2度と走りたくない道路のトップに君臨させるつもりでいます。

広島駅前大橋そばのホテルにチェックインの手続きをし、荷物を預けてすぐ出かけました。

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原爆ドーム。耐震性の調査中でした。

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ドームと川一つを隔てた平和記念公園の原爆の子の像です。この像を半月形に囲んで、広く全国から寄せられた千羽鶴が飾られています。

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原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)。

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広島平和記念資料館。入館料は大人50円です。

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むごすぎる!

通りすがりの感想にとどめたくありませんので、補遺としていずれブログでアップするつもりです。

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山陽道 福山城→尾道大橋→尾道千光寺→三原→日名内峠→湯原温泉郷 かんぽの宿 竹原 泊

国道2号線の広島市入る手前に、温泉郷がある。
よし、今日はそこまで行くことにしよう、たとえトンネルや峠越え、さらには歩道・自転車道がなくても。
なにも先へいそぐばかりが能ではあるまい。

7時半に宿を出て、すぐ近くの福山城を見に立ち寄った。
皆さんの出勤時間に、多少観光気分なのは申し訳ありませんけど。

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福山市は、広島の原爆投下の直前、アメリカの空襲・焼夷弾攻撃で、福山城もろとも焼き払われて、町全体が灰燼に帰したという。
現在の天守閣は、かつての姿を復元・再現したもの。9時開館ですから、例によって天守閣拝観はできませんでした。

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福山城の場内からJR福山駅の通勤・通学するかたたちの姿が見えるのですが……もう、わたしははたらくのを終えた人間ですから、朝からあそんでいるようで申し訳ありません。

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このひと、名古屋からおおきな4個のキャリーバッグを取り付けたグレートジャーニーで、日本一周中の杉山君、21歳。
このテントは彼の昨晩の宿泊所。その設営場所は国道2号線と54号線の交差するロータリーの脇。雑草が生い茂げり、すぐ脇をうなりをあげて通過する車両の轟音……よくまあ、こんなところで、と驚嘆しました。「どこでも寝られます」と言われりゃぁ、かえす言葉もありませんでした。これから野営を片付けて出ますけど、きっと追いつきますよ、とこれまた恐ろしいことを言われました。若い人にはかないません。お互いに「日本一周中」のヒトにあったのは、今回の旅に出てハジメテ同士でもありました。

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ことばどおり、杉山君には尾道の前で追いつかれました。すごい!デス、自転車の幅をめいっぱいふくらませた4つのキャリーバッグ、そして背中にも大きなリュックをしょっている……なんともはや、気をつけて行きなさいよ、としか言えませんでした。
尾道から今日中に「しまなみ海道」70キロを渡って、それから四国を一周します、とピューッと立ち漕ぎで飛んで行ってしまいました。

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いやだなぁ、こわいなぁ。側道が設けられているとは言え、やはりおびえてしまうもんです。ぜんぶで4つのトンネルを、今日は通過しなければイケマセン。それもこれも、ただただ温泉につかりたいがためにガマンするんです。

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尾道の海岸に沿って走り、尾道大橋イコール「瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」の本州側第1橋の橋脚下にたどり着きました。と、とつぜん思い出した、なんのことはない、40余年前にこの橋脚工事中のときに、わたしはこの場所に立ったことを……。記憶は茫々の彼方にあったのです。

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尾道市街とJR尾道駅への表敬訪問に向かっていて、右手の山の千光寺とそこから降りているゴンドラケーブルカーを撮らえました。

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しばし、瀬戸内べりの街道をはしり因島大橋を遠くに眺めました。

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やく5~6キロはつづく日名内峠をめざして、自転車をおりて、えっちらおっちら押して行きます。とても熱い、すこぶる暑い、アチー、(品悪く)くそ暑いなかの歩き押し自転車です。日名内峠のてっぺん近くに「サテライト福山」がありました?
ウン! はて? 競輪施設でした。わたしには、全く関係のないモノでした。

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汗をダラダラ、水をガブガブ、息はゼーゼー、つらいなぁ、でも、温泉にまもなくはいれる……ひたすらそれのみに意識を集中して、どうやらたどり着きました。
ここは「安芸の小京都 湯坂温泉郷」です。そして、今夜の宿は、アノ「かんぽの宿」竹原です。わたしは民営化されてはじめての利用です。

一階に大露天風呂があり、二階には源泉掛け流しの大浴場、ともにわたしが利用した時点ではひとりっきりの入浴でした。独り占めです。気持ちよく、おもいっきり、のびのびとからだをのばしてホネヤスメをしました。

夜の食事は、名付けて「蓬莱会席」十一種二十八点の料理、きちんと料理長のお品書きが添えられていました。
ずーっと旅じゅうの食事は、ホテルのバイキング料理だったもので、これだけ並んだだけで、まさにグーと親指を立てたいほどのうれしさでした。
イケナイ、いけない、どうも食べ物のことになると、イジキタナクなってしまいます。

今日のブログ更新は、これでおしまい。
だって、もうひとっぷろ浴びて、ゆーっくり休みたいんですもの。

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岡山駅→早島→倉敷美観地区散策→玉島円通寺 良寛さんゆかりの地→笠岡→広島県 福山

今日はうれしい日だ。期待に胸躍らせて出発。それは──

基本的なルートとしては、国道2号線を西下するけれど、歩道・自転車道が併設されていなかったり、トンネルが多いときには、ほぼ間違いなく旧国道2号線を走ることにします。ただ、手持ちのアップルの地図にはそのことが記されていないので、要所要所で近くのガソリンスタンドで確かめて行きます。なによりも身の安全を図ってこその自転車旅ですもの。

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行くほどに、倉敷の手前、早島のとあるグラウンドで、盛大なゲートボール大会が行われていました。4面を使ってゲームをしていました。わたしとどっこいどっこいの方たちが、コンコンとボールをたたいていました。
そうなんです、わたしも世が世ならば、いやふつうの好々爺〈こうこうや〉なら……ですね。なんにしろ、年取っても夢中になれることはヨロシイコトではありませんか。

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倉島美観地区に着きました。倉敷川の川沿いの町並み保存と、和船を浮かべての町めぐり。今年の春、千葉県の佐原でも同じような光景を見ましたが、こちらの方が〇〇〇です(あえてボカシます)。

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大原美術館は太っ腹です。東洋館とか工芸館とか、ジャンル別の展示館を見るにはいわば共通入場券を買わなければなりません。しかし、大原美術館じたいは、ひとつの広くて大きい庭園内にそれらの展示館を配置しています。時間の関係で、展示館はのぞきませんでした。でも、幼稚園のお散歩遠足の児童たちといっしょに、大原美術館内を散策し、例によってパチパチシャッターを押しまくりました。いずれ補遺として紹介する予定。

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庭園の見事さをひとつだけ紹介──
それを表現するのに、この睡蓮の花を代表させます。わかっていただけるかしら。

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国道2号線から大きくそれて、玉島の円通寺を訪れました。新潟県柏崎の五合庵を訪れた時とおなじうれしさを味わいました。
そう、わたしの敬愛する良寛さんのゆかりの地を訪れることのできた喜びです。
良寛さんの行乞の像を真ん中に、右が円通寺本堂、左に寺僧たちの修行の場(いまは良寛堂となづけられている)です。
この地で良寛さんは修行され、師の大忍和尚に印可を許されたのでした。

  印可の偈
    良や愚の如く転た道寛し
    謄々任運誰か看るを得ん
    為に附す山形爛藤の杖
    到る処壁間午睡閑たり

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あたかも、この地に立ったとき、空はこんなにも澄んでいました。
期待通りの円通寺見学でした。
感謝と、ここまでたどり着いた労苦にしばし、涙していました。
これも、いずれ補遺として紹介する予定に。

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どうやらこの地方の気温は、本日、今年最高を示した、とか。
暑い、熱い、あつーい陽の下、16時ジャストに広島県福山市に着きました。
宿は、このJR福島駅の裏、すなわち福山城の近くにとれました。ホテルの窓のそばを新幹線が走り抜けて行きます。

ホテルでシャワーをつかったら、ウデはひと皮むけ、顔は酔っ払ったみたい(断っておきますが、わたしは下戸)に真っ赤っかデス。

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山陽道 備前市西片上→和気→長船→瀬戸内→岡山市街 後楽園&岡山城→JR岡山駅前投宿

朝食を済ませて、昨日留守番のおばあさんに、朝一番のパンク修理をおねがいしておいた「かどのサイクル」に、タイヤぺちゃんこの自転車を持って行った。

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ご主人がとても親切・ていねいに、パンクの状態を説明しながら直してくれました。そして、90歳のおばあさんは、缶コーヒーとリポビタンを持たせてくれ、朝からのムリに快く対応してもらったので、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

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自転車屋のご主人が、岡山までの道路状況をこまかく教えてくれたので、余裕を持ってギコギコ。ほどなく、吉井川にかかる備前大橋。この写真一枚ではわかりにくい(270度のぱのらまにするといいのだが)けど、山と川の織りなす自然の雄大さ、そこを貫いて伸びる真っ直ぐな道路、しばし自転車を降りてグルリを眺望していました。

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岡山市街の中心地には昼直前に着きました。
まずは竹久夢二美術館──後日に補遺で紹介の予定。

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史蹟 岡山後楽園。たっぷり2時間かけて園内の隅々を廻りました。65歳以上は140円の敬老入園料は、とてもお安い。
見るだけは、写真に撮る(300回シャッター)だけは、そして記憶のひだにしっかり刻み込みました。これも後日に補遺としてじっくり紹介の予定。

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あっそうそう、園内の鶴鳴館で投扇興を公開していましたので、見物させてもらいました。「おやりになりませんか」の誘いも受けましたが、お相手が高貴の雰囲気が漂う女性ばかりなので、気後れしてご辞退申し上げました。

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岡山城は昭和20年6月アメリカ軍の空襲で焼け落ちました。
しかし、この天守閣はコンクリートで再現されてはいますが、もとの図面が完全に残っていたので、ほぼ完全な復元だそうです。
これも後日に補遺として委細を紹介しますが、一つだけ──真っ正面から水平な状態で撮影していますが、なにかが……ハテナなはずです。

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連日のかんかん照り、むし暑さ、そして気ばっかりが張っている体調、少し休みたいので、早めに宿入りに。
路面電車を先達にして──

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JR岡山駅の表敬訪問と宿泊の確保に。
三題噺──岡山駅前の桃太郎と3匹の家来モニュメントと、葱坊主みたいな噴水、そしてそそりたつビックカメラ。どんなふうにまとめられるのかナ?

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山陽道 西明石→加古川→高砂→姫路城→播磨→相生→赤穂→岡山県備前市西片上 投宿

好事魔多し。言葉通りの一日になりました。

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西明石駅前のホテルを出てすぐ左折して、国道250号線を走りました。
「明姫グリーンロード」と命名されています。国道2号線よりも往来は少なく、なによりも写真のように、歩道・自転車道がずーっと先まで併走していました。安全でした。快調に飛ばせました。今日はいいことがありそうな……。

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姫路の手前に播磨国分寺跡があります。本堂はごらんのように、すこし国分寺にしてはもの足りませんが、境内のぐるりに四国88札所のご本尊がそれぞれの小体の堂宇に祀られているほか、敷地のほぼ半分以上に築地塀を巡らした国分寺創建当時の様子をしのばせる石敷きがありました。

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ガーン!デス。打ちのめされました。なんていうことでしょう、姫路城の白鷺にたとえられるうつくしい姿が、工事中のシートにおおわれていました。すこしでもその姿をしのばせようと、シートに絵を描いてありますが。残念です、くやしいです。おまけに、天守閣見物も団体予約がたくさん有り、2~3時間の順番待ち。やんぬるかなデス。魔が差したのですネ、きっと(じつはもう一つの魔があとに控えていました)。

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JR姫路駅に表敬訪問したら、駅前ビルにこんな広告ポスターが。やはりホンモノが見たかった……。またいつか来るよりほかないかナ。

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姫路を出てからは、2号線。相生、赤穂(赤穂の市街地は国道から8キロもゆかなければならない)、そして兵庫県から岡山県への道は、だいたいがこの写真のよう。片側一車線、歩道はない! 
路側帯という、道路の端っこを自転車は行かなければならない。おまけに、県境は船坂峠。
自転車に乗って進むのは完璧にムリ。チマチマと後ろからゴーゴーと追い立ててくるクルマにおびえ、延々とつづく上りの坂道に、自転車をエッチラオッチラ押して行くよりしかたがない。夜に万歩計を見てみたら、42000歩を軽く越えていた。ずいぶん歩いたんですねぇ……。

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おまけに、渡しの大っ嫌いなトンネルが三つもある。
最初のトンネルは、たぶんトンネルが通る前の山越え道がいまも通れるので、そちらで進んだ。なんのこたあない、その山道こそがトンネルの真上で兵庫県と岡山県の堺になっていた。

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残るふたつのトンネルは、こんな様子です。
困ったもんです。恐ろしいもんです。おびえさせられるもんです。
決して大げさではなく、シュクシュクと万が一の事故も覚悟して自転車を押して、あの黒い口の中に入って行きます、ナムサン、なるようになれえ、と。

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みっつトンネルを抜けて下り勾配にかかったら、歩道・自転車道が設けられていました。
が、また魔が差しました。
自転車の後輪がパンクしてしまいました!
どうしましょう?
あたかも山の中、せまい自動車道、どう考えてもパンクを修理できるような環境ではありません。
道ばたの清水地蔵さんにも祈りたくなりました、助けてください、と。
えーい、ままよ、パンクしたまんまガタンガタン走らせました。走らせること30分、備前市木谷のガソリンスタンドに飛び込み、周辺の自転車屋情報と対応手段の相談に乗っていただきました。
それに元気づけられて、一番近い大きな集落・市街の備前市西片上でパンクに対処しました。
が、市街地の自転車屋さんをかたっぱしから当たってみましたが、日曜日のためすべて休業、5店舗ぜんぶおやすみでした……。
だめなときは何をやってもダメ。
明日の朝の開店と同時に修理一番乗りを期することにしました。
そのため、やむなくこの地に投宿することにしました。今回の旅で、最も遅いチェックインになりました。ここでもオマケが付きました。水を循環させるらしい音がどうやら一晩中、うなりそうな気配です。こうなりゃ「悪いことはなんでもやって来い、悪事が今晩でみんなおしまいになるならそれもよしとするから……」と、開き直ったら、なんだかすっきりしてきた。
*午前中、あまりにも道のりの状態がよくてスイスイ進んだために、午後に大きな試練を課せられたのでした、きっと。
いろんなこと、なんでもありが、自転車日本一周のテーマだ、そう思い込んで本日一日の慰めにします。

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山陽道 尼崎→西宮 甲子園 西宮神社えべっさん参り→芦屋→三宮→長田→須磨→舞子→西明石投宿

今年はカラ梅雨らしい。当初の計画では、まっ一週間にいっぺんぐらいは雨を予想していた。そして雨の日は、連泊してカラダを休める日と考えていた。
しかし、こうも雨が降らないと、休みを取らずに走り続けることになってしまっている。これでいいのかしら、疲れてはいませんか、と自らに問わなければいけませんね。ムリは禁物ですから。

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国道2号線からちょっとそれて、「阪神甲子園球場」。リニューアルにともなって、ツタを前よりも刈り込んでいらっしゃる。

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「商売繁盛だ、ササもってこい」あるいは、大晦日に年男を決めるための山門から本殿までの、ヨーイドン競争で知られている西宮神社=えべっさん。

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えべっさんの藤棚の下で語り合っていたお二人に、えべっさんのことをお聞きした。左の女性はご当地西宮の方、そして右の方にビックリさせられた。今朝早く自転車で大阪を出て、日帰りでえべっさん参りをされているとか。おん年80歳ですと! 負けてはいられませんな。

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あの阪神・淡路大震災で甚大な被害をこうむった神戸港も元気になってました。

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折しも本日は土曜日。タワーの下もけっこうひとが詰めかけていました。よかったよかった、東北の被災地も早く立ち直って欲しいものです。

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須磨海浜公園。右手の三角屋根は水族館と遊園施設があるけれど、自然のほうを選んでカメラに収めました。

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垂水にいたる峠に敦盛塚がありました。このあたりは源平一ノ谷合戦場だったところ。平家物語や謡曲で、熊谷次郎直実に討たれた平敦盛のはなしはご存じのはずでしょう。

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明石の手前、舞子アジュール公園には、「神戸淡路鳴門自動車道」かんたんにいえば「明石海峡大橋(パールブリッジ)」の橋をつり下げる吊りワイヤーの基底部に圧倒されました。
いつも四国遍路では、東京から深夜バスを利用して淡路島経由で徳島に入っています。そういえば、ちょうどここの真上あたりを走るころに夜が明けていましたっけ。時刻が合えば、鳴門の渦潮が眼下に見えるのですが……。

今夜の宿は、JR西明石駅と新幹線西明石駅と隣り合っている中間地点に投宿です。そろそろ疲れも出るころだから、いたわらなくっちゃデス。

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京都市内観光さわり→東本願寺→北野天満宮→臨済宗本山妙心寺→退蔵院→仁和寺→龍安寺

京都で連泊です。何度も訪れているのですが、今回は絞って見物します。
そして、今日のブログは訪れた寺院の報告だけにします。いずれ補遺の形で細かく記すつもりです。対照が多岐にわたることと、なんといっても京都の連泊はホネヤスメなのですから……。
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ホテルを出ると、すぐ東本願寺です。ふしぎなことに、わたしが来るときはいつも何かの囲いを設けている。工事が多すぎる。

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北野天満宮は修学旅行生が多すぎる。

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臨済宗の妙心寺派大本山です。広すぎる。

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妙心寺の中の退蔵寺です。僧侶に依らない枯山水庭園が見事すぎる。

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兼好法師が僧侶をからかっている仁和寺です。気温がグングン上がって、暑すぎる。

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龍安寺の石庭も、修学旅行生と西洋人が見物者が多すぎる。

──というわけで、見るのに精一杯になって、さらに西下を目指すためのワンクッションを置くための休息にはならなかったみたいよ。

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東海道本宿→藤川→岡崎→安城→知立→豊明→名古屋駅前に投宿

何日ぶりだろう、風呂に入り、和室の畳の上でフトンで大の字に寝たのは。
「何にもありませんけど……」と謙遜して出された朝食が、フル山菜料理でした。十一点のおかず全部が、手間ヒマをかけてその時期に加工備蓄されたもの。カメラに収めておけばよかった……穂がまるまるついた土筆(つくし)なんて、おそらく生涯初じゃないかな。おいしかったデス。

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藤川宿では、町の衆総出で街道の清掃中でした。松並木がリッパなのも、こうした人々があったればこそでしょう。おはようございます、ありがとうございます、と声をかけながら進みました。「気をつけて行って下さいね」と返してくれました。

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岡崎城に着いたのは、公開時間の9時直前。いの一番の200円入場者になりました。もともとの城は、明治維新で廃城、取り壊されました。この城は昭和32年観光用再現城で、コンクリート製。雅致なんてまるでありません。展示品も個人所有物を借りているので、写真撮影はNG。天守閣展望台もイマイチの風景。どだい、徳川家康さんが大嫌いなわたしだもの、ね。

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城からちょっと先に広大な地所を占めて、八丁味噌で有名な角久(□の中に久)のミソ製造所。個人での随時工場見学とミソの味見ができるので立ち寄る。が、肝心の大豆の加工、仕込みの行程は団体以外は見られない。味見は赤味噌と八丁味噌のトキ汁のみ、具はなにも入っていない。総合して、肩すかしを食った、といったら言いすぎか……。

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ひたすら国道1号線を走ったからかしら、見るべきものも、立ち寄る所もなく、15時にJR名古屋駅着。日曜日もあってか、まあ駅内は勿論、駅周辺はヒト、ひと、人ばかりで、東京の新宿あたりと変わることがない。

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駅前のビックカメラ。東京大阪間の最大都市なんですよね、名古屋は。

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「スーパーホテル名古屋駅前」に投宿。日曜、シルバー割引の利用です。比較的よく利用するビジネスホテルで、北海道ではよくお世話になったもんです。

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部屋はな感じで、シングルルームはふさがっているので、ダブルベッドとロフトベッドの部屋を提供していただけた。一人では広すぎるように思う。
駐輪場がないので、自転車は名古屋駅周辺の有料駐輪場のあずけになります。
すこし疲れがたまっているようです。朝寝ができればいいのだが、どうしてもいつも通りの4時半に目覚めてしまう。困ったもんです。

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