四国歩き遍路3巡目回顧

10月16日(火)-4 63番吉祥寺→宿泊 10月17(水)帰京の途

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午前に予約してザックをあずけてある、今夜の宿泊所ビジネス旅館にもど
る。途中自動販売機で缶コーヒーを買ったら、もういっぽんタダのサービスがついた。伊予小松の夏祭りも今日で終わり、さんさんごご、祭関係者が集まりはじめた。集会所のどっかとすわっているおえらいさん(?)に声をかけられ、くさぐさのことを教えてもらう。

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間もなく、うちあげがはじまるのでしょう、祭装束の衆が集まりだした。提灯がこうして並べられる並べ方を見ると、じつによく統制が取れていることがわかる。

この夜、へんろに出てからひさしぶりの肉食、しゃぶしゃぶが振る舞われたが、疲れ切っていたためか、食欲がイマイチ、半分残してしまった。

夜のテレビで天気予報が、明日は雨、と報じていた。今回へんろではじめての雨天になりそう。
夜中からショボショボ雨が降り始めた。イヤだなぁ……・

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けっきょく雨はやむこともなく、時間を追うごとに激しくなる。
かえろ、帰ることにしました。へんろを切り上げ、今回はここまでと。
松山駅についても雨だった。夜行バスで帰るつもりで、駅の案内所に行ったら、松山空港から飛行機を利用したらいかがですか、と勧められた。バス料金と、シシニアパス航空運賃とは、ほとんどおなじほどかかるだけ……ただし、空席待ちで空港でチケットをもとめるしかない。

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雨のしょぼつく松山駅からリムジンバスで松山空港へゴーです。

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松山空港ロビーで、ANA の窓口でマイルに加入しシニア料金12170円の空席を確保できた。
なぁーんだ、よくよく聞いたら、日本全国どこへでも空席さえあればこの程度の極低料金で行けるんだそうだ。知らなかったな、教えてくれなかったな。

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12:10松山発で、

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13:30羽田着。

これで、四国遍路3巡目高知・愛媛まいりはつつがなく終了。
このつづきは、いつになるやら……。
わたしにとって、優先すべきは自転車日本一周をやりとげることなのだ。

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10月16日(火)-3 60番札所横峰寺から2番とばして63番吉祥寺へ

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マイクロバス仕様で運行されている「瀬戸内バス横峰寺バス」片道850円に乗車して下山し、終点黒瀬ダムについたのはごご3時ちょうど。この時間では、今夜の宿に戻る途中の64番札所吉祥寺にお参りするのが精一杯。
また今度きたときのために、ダム周辺の案内図をゲットしておく。

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人も車も通らない。たんたんと下りの一般道を歩き続ける。眼下のあの高速道路も、登り道でかすめた、はずだ。

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ようようお山の麓にたどり着いて、さてどっちへ行こうか。ダムから下るときに、61番札所香園寺を後回しにならざるを得ないな、と思いながら、こんな案内をみると……。

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氷見の集落に入り、このさきの国道11号線へ行くことにした。
途中で目にしたこんな看板。愛媛県ではこれで統一されているようだ、ここでは鉄板かトタンづくり。ふつう、布製の旗が多かったと思う。どぶ、小川、ちょっとした池などに、これが取り付けられていた。

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63番札所吉祥寺山門。国道には面していない。境内にはだれもいない。

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本堂へお参り。だれもいない。

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大師堂。まだ、だれも境内にはいない。
けっきょく、到着して納経し、境内をあとにするまで誰ーにも会わなかった。これはめずらしいことだ。

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10月16日(火)-3 59番札所国分寺から60番札所横峰寺へ

伊予小松市は祭の最中で賑わっていた。

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山車(だし)を飾り立て、引き回しながらはやし立てていた。
肉屋さんが兼営している「ビジネス旅館」に今夜の宿泊をお願いして、ザックをあずけ、60番札所横峰寺への地図をいただいた。四国第一の石鎚山の中腹めざしてのぼって行かなければならない。ほぼ全行程ののぼり遍路道だ。

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はじめは山の麓までの一般道、やがてこのあたりから遍路道。この小山の土質というのか、もろいガレ場つづきなので、ちょっと雨続きや大雨、ましてや台風などに襲われると、遍路道は大荒れになる。

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道らしく残っている道は、たいがいこんなふうな荒れ具合だ。あとは、草ボウボウか樹木の枝々が行く手に垂れ下がって、ふさがれている。へんろみち保存協力会のおねがいプレートが「草を刈ってください」と、訴えている。わたしの選んだコースは、どちらかといえば荒れているコースで有名なのだ。最短コースなので、それを利点にして登っているわけだ。

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2時間強の登攀で、尾根筋に出ると、こんな見晴らしがえられて、あせぐっしょりの身体がホッとする。

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団体お遍路さんでごった返しているのを、団体さんのお参りのスキをみながら本堂にお参り。まえ二回のおまいりは雨にたたられてつらい思いをした。今回はセーフだ。

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大師堂も団体客のスキをねらって参拝。どうしても団体さんの読経とバッティングすると、わたしはしらずしらずに声を張り上げてしまう。それがイヤなので。

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本堂前階段下に納経所・寺務所。わたしの来ないうちに、こんな立派に建て替えられていた。本堂よりも大師堂よりも、だ。

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お参りし、納経したら、あとは下り道を一瀉千里、とはゆかない。もうくたびれきっている。このまま歩き続けるのは、へたすると暗い夜になるかも……。
そこで、この四つの大明神の赤鳥居のまえで考えた。
あの団体へんろさんたちは観光バスで四国を巡っているのだろうが、この横峰寺へは直行できない、途中で乗り合いバスに乗り換えてきているはず。そうだ、そのバスに乗って下山しよう、そう結論が出た。ただ、そうなると今後の行程に影響が出る、それは覚悟しなければ、ね。

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団体さんたちは、ほぼおばちゃんたちばっかり。お若いヒトなんていらっしゃらない。で、そのこわさを身を以て知っているので、乗り合いバスでは縮こまっていた。あの人たち特有の「ガハハハ……」の笑いは、ほんとにコワイ。
バスは、黒瀬ダムで終点。ずいぶん窮屈な思いをしたもんだ。

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10月16日(火)-2 58番札所仙遊寺から59番札所国分寺へ

仙遊寺の朝の勤行に参加し、ご住職の法話で気がかりなお話を聞いた。ご住職ご夫妻がともに癌であること、住職は手術するも奥方はそれができなかった、とのこと。やんぬるかな……。

58番札所仙遊寺から59番札所国分寺へは、6.1キロ。下山の遍路道以外は一般舗装道、しかも遍路道を忌避したので、ラクチン歩きである。

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仙遊寺仁王門をいちおう寄ることに。仁王門まではほんらい急勾配の階段道だが、そこを避けて一般道で降りてきた。ここの仁王像のお姿はたいそうよろしいので、撮影。

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まずは、あ形像。

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つづいて、うん形像。

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仁王門からは、まだしばらくは遍路道の下山道が続く。さすがに一般舗装道ではなかった。

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畑が広がる平地をしばらく歩くことになる。前にあるくは同宿だったご夫婦へんろさん。ほんのすこしだけ、わたしのほうが歩くのは早そうだ。すぐに追い抜くかも。

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59番札所国分寺までの一般道は、舗装し直したようだ。すっかり歩きやすくなっていた。

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国分寺本堂。

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国分寺の境内には、三々五々、同宿だったお遍路さんが到着。朝の勤行も一緒だったので、すっかり顔なじみ。

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「薬師のつぼ」。先回までのへんろでは、なかったように思う。隣に立っていらっしゃる「握手修行大師」も、前にはみなかった……と思う。
お大師さんと握手する。

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国分寺を出て、今治名産のタオルの接待所のわきを通った。レレレ? 接待所は閉鎖されています、残念!でした。
で、次の札所は遠く30キロ近く先。ワープさせていただこう、かなっと。

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10月16日(火)-1 10月16日(火)手控え手帳

10月16日(火)手控え手帳──

5:30起床、6:00朝の勤行に参加。法話の中でご住職ご夫妻に四大不調にふれられていた、心配。どうぞご養生されますように。7:15出発、車道を下る。心持ち少々調子がいいので速歩。59番札所国分寺前のタオル屋が廃業らしい。タオルのお接待はなくなったか? 「お接待」の言い換えを帰宅したら調べてみよう。ワープして伊予小松へ。ビジネスホテル(民宿とおなじ)小松にザックを預け、60番札所横峰寺へのルートコピーをいただいて山のぼりへ。はじめは一般道、途中から遍路道。草木が茂り、きつい勾配、暑い、かなりへたばる。3時間40分の歩きっぱなし。ほとんど人の往来なく、一人黙々と。下山は日も落ちる可能性? 瀬戸内乗り合いバスが団体客を乗り継がせ(一般観光バスは入山禁止)てきて、その帰りがあったので乗車。黒瀬湖のほとりが終着。下山ルートを進んで63番札所吉祥寺へ参拝する。自動販売機でダイドードリンコの缶コーヒーを買ったら一本オマケ! これも?? 宿泊のビジネスホテル小松へ向かう。伊予小松はちょうど夏祭りの最中だ。各区ごとに山車(だし)が出て、若い衆が山車とともに大きな太鼓を打ち鳴らしながら、笛などで威勢のいいメロディーではやし立てている。その囃子が面白い。なんと、あの「ミシマジョロシュハ ノーエ ミシマジョロシュハ ノーエ……」のメロディーなのだ。?? なぜ三島女郎衆なんだ? わからん??
夕食はこの宿の名物、肉のしゃぶしゃぶ──ここのオーナーが肉屋を経営しているので。久しぶりの肉なのだが、とても食欲がわかない……疲れがピークに達しているような感じ。
一晩中、ということは徹夜で、山車の運行、ノーエのメロディー、太鼓の囃子、そしてきわめつきにドドーンと打ち上げ花火!
眠れませんでした!

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10月15日(月)-7 56番札所泰山寺→57番札所栄福寺→58番札所仙遊寺へ

あけましておめでとうございます
ことしもよろしくおねがいします
…………………………………
さて、56番札所泰山寺から57番札所栄福寺までは、ここも短くてわずか3.1キロ。それもあぜ道を通ってと思っていたら、すっかり道幅は広げられ舗装されている。

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もとあぜ道の突き当たりに、民家の壁際を抜ける道は、舗装されているもののもとの面影をとどめていて、うれしいかぎり。ここをつっきって行く。

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栄福寺本堂にお参りし、

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栄福寺大師堂にもきちんとお参りして納経。
この栄福寺の住職はまだお若い。お若いからでしょう、ブログを毎日更新していらっしゃる。興が乗ったときや、へんろ情報を知りたいときに、ちょくちょくのぞかせていただいている。先回、そのことですこしお話ししたが、今回もおたがいにブロガー同士としてはなしができれば……残念、いらっしゃらなかった。

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栄福寺を出るときに、歩きへんろさんに声をかけられた、「タクシーで仙遊寺まで行きますので、よろしかったらどうぞ」とお接待のさそい。いままで2回のへんろでは、わたしは潔癖なまでに「あるき」にこだわって、乗り物──バス、電車、タクシー、自家用車など──には断固乗らなかった。
しかし、今回はちがう。ホイホイよろこんじゃって、「のせてもらいまーす、ありがとおー」です。
そして、仙遊寺を真っ正面から行くのではなく、仙遊寺の裏をぐるーっとまわる舗装道をタクシーで登った。急勾配の長ーい坂道を。ラクでした。ほんとにラクチンでした。

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仙遊寺宿坊に3度目の投宿デス。それも、なじみの「洗心」という部屋に。

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仙遊寺の納経所は本堂にあるので、仙遊寺本堂にお参りし、大師堂にお参りしてから、ふたたびこの本堂に戻らなければならない。

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大師堂にお参りして、境内のアチコチを見て、それでも時間がまだ早い。風呂がまだ沸かないとのこと、なので、たしか一昨年だかにNHK昼の番組で紹介されていた、仙遊寺の陶器工房と窯を見学させていただいた。

それにしても今日はせわしなかった。札所間の距離が短いと、こんな感想になるのかと、なかばおかしく思ったものだ。

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10月15日(月)-6 55番札所南光坊から56番札所泰山寺へ

ちょっとややこしいが、南光坊はもともと、隣接する大山祇(おおやまづみ)神社別宮の法楽所だったが、明治の廃仏毀釈で南光坊となった。したがって、南光坊の本尊は、大山祇神社の本地仏とおなじ大通智勝仏(しゃか以前の過去七仏の一)。

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南光坊仁王門のすぐ前に交通量の多い317号線が走っているせいか、なんとなく平地の境内はさわざわしい感じがする。

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南光坊本堂にお参りしているお遍路さんのほかには、境内にいるのはわたし一人。

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境内で暑さしのぎに缶コーヒー──日常の生活では、しょっちゅうコーヒーを飲んで、飲み過ぎてしばしば頭痛になやませれるのだが──へんろしているあいだは、まず飲むことはないが、境内にある飲料の自動販売機には、乾きをいやしてくれそうなものがなかったので。
クルマご夫婦へんろさんがきて、大師堂におまいり。

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南光坊には金比羅堂がある。漁の安全を願っての建立かしら、いずれ調べてみよう。

南光坊の納経所では、何度か文通している書記の方と談話。きっかけは、納経帳に住所と為書きをしていたことに目をとめていただいたことからだった。
お互いの無事、うちのカミさんの不具合のお見舞い。柿をご馳走して下さって感謝、でした。

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南光坊の納経所うらの路地へ出て、そこから、次の56番札所までは、わずか3.0キロ。ポヤーンとした暑さにやられた熱中症気味で、あるくこと1時間弱で泰山寺に着いた。写真の奥に泰山寺、自動販売機が据えられているのが、すこしおもしろいお姉さんがいる門前のお店(どうおもしろいのかは、はばかるので勘弁!)。

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石段を上がったら泰山寺。石垣積みは境内が、さながら土盛りをしたような具合に、小高くなっているからかも。いや、逆か、小高い境内に塀を取り付けたら境内がどもりになってしまったのかも。

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境内自体が一望できる範囲に収まっているためか、写真へのおさまりがとりにくい。これは本堂。

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こちらが大師堂。本堂が小体に思えるのは、大師堂とのくらべのせいかもしれない。

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次の57番札所永福寺へは、また3キロ弱の距離を歩く。南光坊から歩いたのと違うのは、畑のあぜ道をあるくこと──先回まではそうだった。しかし、今回はちょっと様子が違う。泰山寺を出ると、いきなり目の前にあったはずの畑のあぜ道がない! 
あぜ道は広げられ、一般道、それも舗装の行き届いた道になっているではありませんか!
なんか、イメージがちがうなぁ、デス。

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10月15日(月)-5 54番札所延命寺から55番札所南光坊へ

この先の大半は、ほぼ墓地を歩くことになる。

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延命寺を出てすぐに小高い墓地を抜ける。
この集合墓は、そのほとんどがいまや無縁墓となったものが集められているのかも。

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いったん平地に出る。畑だけれど……。
このあたりのカドカドには、かならずといっていいほど、こんなへんろ案内が標示されている。

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この石段を登ると、そのさきしばらくは「大谷霊園墓地」が続くことになる。大谷はふつう浄土真宗本願寺派をさすが、どうなんだろう? 我が家は真言宗豊山派であることは知っているが、このあたりのことはよくわからんのが本音。

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ずーっとずーっと歩いてきて、この先の忠霊塔で霊園墓地は終了、ずいぶん多くの墓標が建っているということなのだろう。

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そして、忠霊塔……しっかり手入れがされているのは、さすがというべきか……。

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今治市街へ入り、姫坂神社をぬけて、まちがえやすい道路にうろうろして、やっと見覚えのある川岸に着いた。

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やっと55番札所南光坊の裏手に出た。平地にある札所、しかも市街地に広大な境内、そして寺名ではなく、坊名なのはめずらしい。

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10月15日(月)-4 53番札所円明寺から54番札所延命寺へ

円明寺(えんみょうじ)、延命寺(えんめいじ)。明と命。ともすれば、両寺を「えんめいじ」と読み間違えやすいので、注意しなければ。

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ひたすら歩くのみ、で、暑い中やっとここまで来て、もう一息、と……。

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延命寺駐車場のわきにある池からの風は、こころなしヒャッコク感じるのは、札所に着いた安堵からかもしれない。

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札所の前に、札所の塀越しに大きなクスの樹が生い茂っている。樹齢350年以上とか。なんでも根回りが5メートル、樹高が25メートルに及ぶ、と。

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境内を仕切る塀などが設けられていないこの札所は、こせこせしていない雰囲気。参拝する人もいない。休憩所が設けられているので、リュックをおきっぱなしにしても安心。

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休憩所のまえに遍路用品の売店がある。が、じつはここが納経所なのだ。

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暑さにじゃっかん参っていたので、休憩所にいきなり行ったのだが、あらためて山門からおまいりする。

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延命寺本堂。この寺のご本尊は、あの行基作と伝えられている不動明王像、しかも宝冠をかぶったきわめてめずらしい仁王像。
わたし、ここへ来てはじめて知ったのだが──この寺で、『八宗綱要』が、鎌倉時代に凝然によって書かれた、と。仏教をまなぶための概説とした名高い書物だ。

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延命寺大師堂。
しばらく、石段のみぎりに腰を下ろして日差しを避けていた。

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延命寺からは、この先にずーっと、えんえんと、ながながと続く巨大墓地=大谷霊園を抜けて行く。墓地を通り抜ける、といったほうがわかりやすいか?

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10月15日(月)-3 52番札所太山寺から53番札所円明寺へ

次の札所へはわずかに2.6キロ、183号線一般道をまっすぐ歩くだけ。

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太山寺の一の門からの道は畑をつらぬく一本道。松山市を右側から来てここにお参りし、こんどはくねっとまがっている左の道をゆく。先回の遍路では拡幅工事をしていた。

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ここに、どう見ても左右に渡る橋の欄干が、かつては架かっていたのだろうが、してみると橋が架かっていた川はどうしたのだろう? 不思議な光景……。

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歩いてきた道の突き当たりが53番札所円明寺。へんろ道案内の石標と、その文字が力強い。この石標の裏側、石塀のなかに隠れキリシタン墓標といわれている灯籠がある。

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円明寺の仁王門。札所が平地にあるのはめずらしいが、ここもそのひとつ。

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久しぶりの仁王像の撮影。あ像。愛くるしい仁王さんというのは失礼かしら。

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うん像。アさんも、ウンさんも象嵌された目だけは、最近はやりの「目力(めぢから)」があると言ってあげましょうか。

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この門をくぐった奥に本堂。なんでもこの寺には、1589年(慶安3年)に奉納された銅板のおさめ札が残っている、と聞いた。いま、わたしたちが納めるのはむろん100枚200円の紙製──きちんと半紙に般若心経を墨書するのが本来なのではあるが、それで代用しているわけだ。
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大師堂が境内のすみにひっそり……。

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