あちこちの町歩き

釧路空港→裏摩周湖→神の子池→斜里→知床 北海道・道東をツアーで再訪1-1

2008年8月21日に自転車日本一周で訪れた北海道・道東をめぐるルートをメインに企画された、3泊4日団体ツアー旅行に行ってきました。
自転車日本一周は、海岸に沿っての走行でしたので、おとずれなかった場所と、印象深かった場所、そしてこの8年の間にかわったところをよーく見てきました。5年間の療養でだいぶ健康を取り戻したカミさんを同道しました(むろん、キツさやあぶなっかしいポイントは忌避させました。乞うご安心を)。

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羽田から釧路空港へ1時間35分のフライト。梅雨のない北海道なのにドヨーンと曇り空……

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たんちょう釧路空港モニュメントで歓迎されました。

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このツアーの足は、おおむねバス移動、斜里バスの運行です。総勢45人で、ほとんど高齢者です。最近目立っているのが、おひとりさま参加で、どうやら5名の方々も含まれているようです。

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まずは、空港から向かう道路は、ご覧のような大きなフキの葉びっしり。

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このツアーの特徴でもあるかのように?「トイレタイム」が頻繁にとられました。その最初が弟子屈温湯・道の駅。バイクで和歌山から飛んできたというライダーさんと、北海道めぐりを語り合いました。私と違ってテント泊はしないそうです。

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最初の訪問地は裏摩周展望台。昨年4月の(驚いた吹雪のなかの)ツアーには、いわゆる普通の摩周湖展望台を見ました。

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裏摩周湖展望台からの摩周湖の景色です。ポツンと湖面に黒点があるのは、中の島です。かつてのような世界一の透明度はなく、40メートル弱だそうです。

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摩周湖から10キロほどの「神の子池」。摩周湖からの伏流水でできた池で、道道からの道路は砂利道。まだ、メジャーな観光地にはなっていないので、なかなかイイ池です。いわば新しく開発されたばかりの観光地といえるかも。

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湧水量が多いのでしょうね、トウトウと流出川は誇らかに流れていました。

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水も澄んでいて、池の底がすっかり見えます。水温も低いので微生物もいないでしょう、きっと。

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浅いところに沈んでいる倒木も、コバルトブルーの底とあいまってよく映えていました。

早歩きもせず、せかされもせず、それぞれのペースで池の周りを散策しました。

あとで気がついたのですが、このツアー自体が、いそがずあわてず、をメインテーマにしているようです。ありがたいことです。このブログも、ちょこちょことアップしてゆくことにしましょ、っと。

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平泉毛越寺参拝へ

2008年6月11日、自転車で東京から日本一周の旅に出て17日目、奥州平泉に到着し金鶏山麓キャンプ場に一泊して、翌朝、毛越寺にきましたが、早すぎて入園できませんでした。それがこころに引っかかっていて、「いつかリベンジ、かならずゆくからな」とひそかに決めていました。

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遠野からJR釜石線上り7時53分発に乗車、花巻に向かいました。ご覧のように時刻表のタイムスケジュールはガラガラ。

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花巻駅で東北本線に乗り換えるための列車待つ間、ざっとタクシーで市内をながしてもらいました。──せわしないこと!

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花巻は、高村光太郎、宮沢賢治ゆかりの地ですが、ゆっくり見物もものかは、あわただしくザーッと町並みを見ただけでした。賢治の親族が経営しているこの林風舎は、喫茶と催し、賢治作品グッズをあつかっているのですが、本日はお休みとのこと。

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平泉駅に到着。9年ぶりの再訪ですが、あたりはなんにも変わっていません。もうちょっと人手があるかと思いましたが、さしてにぎわっていません。

2008年6月12日、金鶏山麓キャンプ場→平泉駅→毛越寺→中尊寺→前沢→水沢→金ヶ崎→花巻→石鳥谷→矢巾町営キャンプ場へと84.11キロメーターを走りました。この2日後に、おおきな「岩手・宮城内陸地震」に遭遇したことが思い起こされます。さらにその3年後には、あの東日本大震災……なのです。

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毛越寺に着きました。今度はあるきですから、駅からずいぶん遠い印象、自転車ではありませんから。

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浄土を夢見てと言われる毛越寺は庭園池のまわりをめぐります。

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何があるわけでもありませんから、かんぺきにそぞろ歩きですごしました。
曲水の宴の場にたたずんでも、遣水の按排をかんがえるだけでした。

で、「ここと同じように自転車日本一周のときに見ることができなかった松島瑞巌寺に行こう」ときめました。

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松島海岸駅に着きました。

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瑞巌寺に着くころには、雨がしょぼついていました。

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瑞巌寺本堂には、どうやら中国の団体がぎっしりでした。聞き慣れない言語が飛び交っていて、まあやかましいこと。

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自転車日本一周でここに着いた日、台湾のリトーキさんが寄進(?)した石碑の除幕式がおこなわれていて、たくさんの人だかりでした。そのため、せっかくここまできたのに、瑞巌寺参拝はとりやめたのでした。リベンジを果したことになりますが、さしたる感慨も湧いてきませんでした、なぜかしら?

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五大堂をのぞきました。この写真の真ん中あたりににある自動販売機の左側階段わきの砂地に自転車をとめて、五大堂をみにゆきました。そして、帰ったら、ガーン!でした。前輪がパンクしていました。なんとツマヨージが刺さって、でした。──その現場に立つと、よくしたもので、こまかーなことまで思い出すんですね、人間は……

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雨の中、JR運賃440円で仙台駅に抜け、そこから帰宅……

追記:明日から「また知床方面をメインに北海道へ」行ってきます。パソコンは持って行きません。リアルタイムにアップできませんけど、帰ったら上げます。

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岩手・遠野に──つづきの2

わたしたちの行動を規定している根源をつきとめたい──そんな衝動につきうごかされて、終末が近い旅の重要なテーマになっている、といえる昨今です。

旅を学問するうえで、民俗学がわたしのまえに浮かんできました。

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軒下に積み上げられている、今や使われなくなった農機具……

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知っているようで知らない、これらの農機具。手を使い、精巧に、どこの村でもつくられて使用されていたのに、こうして放置され朽ちてゆくのはなんとしても悲しい。ひとつひとつの使い方、使い道を、カミさんにじっくり教えてもらうことにしよう、とおもう。

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遠野の地図を見ていて、「福泉寺」を見つけた。大正元年創建のの新しい寺です。3回の歩き遍路を終えているものの、折に触れ4回目にでかけたくなっている私……そのたびに「年齢がブレーキ」をかける、でも行きたいなあの気持ちがウジウジとのこる。そんなきもちにピタリときたのが、この寺の「四国88カ所霊場めぐり」です。行ってみました。

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1番から88番までの霊場とそれぞれの御本尊の石像が、境内の山に設置されていました。2時間かけての巡拝でした。これで、ことしの四国遍路を果たしたことにしましょ。
四国霊場のほか、西国三十三番霊場巡りも設けられていました。おどろいたのは、

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この回廊。境内の総面積は6万坪ということですので、こうした回廊があるのはわかりますが、どうも、どこかで……の思いがわいてきました。
奈良の長谷寺とおなじ真言宗寺院です、この回廊もそこからなにがしかのことをおもわされました。
大観音堂には一木彫の日本最大(18メートル高)大観音像があります。

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五重塔、多宝塔もある、「ええーっ」とおどろくような寺院でした。寺務所でいただいたパンフレットの案内では、この寺の仔細がわかりませんので、いずれじっくり「福泉寺」についてしらべてみることにします。

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遠野を歩いて「民俗」フレーズが至る所にでくわします。
郷土、生活、信仰、まつり、ことば、伝統、文化として私たちの身の回りを取り巻いているもろもろ、古いものと新しいものがからみあっている存在……旅の印象をいだくだけではなしに、それを考える。個々の事象を、正確に過去から今日まで貫くものを知ること、ぼやーっとそんな意識が胸にわいてきました(よくわからないけど)。
「遠野ふるさと村」は体感施設ですが、見物しただけにおわりました。

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南部曲がり屋には、馬も同居でした。この白馬は、イベント用に大事に飼育されています。おとなしい馬でしたよ。かわいーい、ってか。

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遠野の市外の曲がり屋も、こんなふうにリノベーションされていました。ちなみに、このお宅に今現在お住まいなのはご夫婦ふたりだけということです、かつてはいわゆる大家族制で大勢が暮らしていました。

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JR遠野駅とおわかれします。こんど来るのはいつになるかしら。

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岩手・遠野に──つづき

キミ、「遠野物語」を読みたまえ、とまずは言いたい。
それには角川文庫が一番入手しやすい。パソコンで読むなら「青空文庫」がてがるでおすすめ。

また、パソコンで「遠野物語」をウィキペディア(Wikipedia)で検索してほしい──これは以下の写真の説明を省略しているこちらの事情でもある。

ともあれ、アトランダムに写真をいくつかごらんいただきます。

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遠野駅まえ交番はカッパさんなんです。

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遠野では農耕と駄賃馬として南部馬が、たくさん飼育されていました。いまではほとんど姿を消してしまった。そのなごりは、

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市内のバス停にのこっています。市内に動いているバスの本数はきわめてすくないので、バスを使っての市内めぐりは実際にはできません。ちなみに遠野市の面積は東京24区とほぼ同じ。広ーいんです。

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カッパ渕のカッパのように、遠野物語のほとんどのはなしは、具体的な土地に語られていますので、その場所でなければ──
天狗、山男、座敷わらし、妖怪変化、神隠し、幽霊、ばかし、臨死体験、祭る神祀られる神などはもとより死への葬送、さまざまな死や誕生などなど。むろん誕生や性についてもフツーに語られています。
物語のすべてにわたりたいのはやまやまですが、それは無理。ということで、きままに──

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たくさんのオシラサマをみて、

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オシラサマにお願いを書いた服を着ていただき、奉納しました。

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南部まがり家が保存されて公開されています。内部や付属の建屋も見れます。

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湯殿です。風呂──五右衛門です。

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便所です。究極のリサイクル──肥料として循環利用されます。2枚の板にまたがり、紐につかまって用を足すのだそうです。そして、壁板に箱が取り付けられています。紙かと思いきや、紙はとてもの貴重品。そこで、竹を薄く削ったヘラが置いてあります。「これか!」と狂喜しました。禅の語録によく出る「カンシケツ=くそかきベラ」の日本版を見た! そうおもいました。でも、ささくれ立ってでもいたら……とっても痛いでしょうねー。
そばで、若い女性がおかしそうにクスクスわらっていましたが、私らの世代ではべつだんアタリマエだったボットントイレに近似。ナツカシーです、ってなもんで、笑えるものではありません。

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水車小屋が、ごとごとごっとんうごいていますし、米つき、粉ひきもうごいています。

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見慣れた農機具が軒下にならんでいます。もったいないことに、もうつかわれなくなったんですって。ほんの30、いや40年くらい前にはバリバリの現役だったはず。ボクみたいに、ね。
どうやら、もう私の農作業や農家についての認識は、もはや現実にそぐわず、完全にまちがっているみたいです。

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遠野の鹿踊りの装束が申し訳なさそうに、わらのお馬さんと並んでいました。

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この見渡せる範囲のたんぼは4反だそうです。「ここの田植えに2日くらいかかるんですか?」っててまえのおじさんにききました。
わらって答えてくれました「半日もかからない」と。
総出でやった昔ならそうだろうが、いまは耕運機でやるので、ともおしえてくれました。だめですね、都会もんは、そんなこともわからないのだ……

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岩手・遠野に──

5月22日~23日に、岩手県遠野市へ行ってきました。

昨年後半から、伊勢、熊野、出雲へ行きました。それは、思い立って、ちょっと日本人についてを考えてみようと思い立ったからなのでした。。

柳田国男「遠野物語」を若いころから読み親しんでいたにもかかわらず、一度も現地にはいったことがない──そんな思いがうかんだ。それがきっかけで、でかけました。

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遠野市は内陸に深く入り込んでいますが、かつてのような不便なところではありません。「遠野物語」ゆかりの地を、レンタサイクルで丸二日間走り回りました。
市街地では「とおの物語りの館」「遠野市立博物館」「城下町資料館」鍋倉城址」、遠野物語の原語り人「旧佐々木喜善家」「デンデラ野」「伝承園」そしてカッパ淵……見どころ満載でした。そのいちいちの写真をアップしたいほど……

うっかりしていました、日焼けしてしまいました。おもいのほか日差しが強くて、一日目は右腕がひぶくれ。二日目は左がわがピリピリ真っ赤に。宿の風呂にはいるまで気が付かなかったのでした。そうそう、宿の食事には、朝晩ともにアユの塩焼きと羊肉のジンギスカンがついていた。聞けば、岩手県は羊肉の消費量が北海道を抜いて日本一とか。

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遠野はカッパが出るところで、赤い顔に緑のお皿のあたま。太郎淵、カッパ淵、あちらこちらにおでましになるそうな。たしかに、出る。そう確信させる淵にたたずんで、わたしもまっておりました。

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北海道バスツアー 阿寒湖→足寄→日勝峠→占冠→新千歳空港→帰宅

疲れました、コンが続かなくなっています。わけてもカミさんの疲労はいちじるしい。今日は、見たい行きたいスポットではなさそう。ありがたいことです、車中睡眠に専念しましょうか、かもさんともども。

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アイヌコタンは雪の中、早朝訪問をかんがえたけれど、やっぱりやーめた、さむいから。

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ならば、朝風呂にはいり、からだをあたたかくして阿寒湖を見に行きましょ。野口雨情の歌碑のむこうに阿寒湖がひろがっています。でも、これより先に行くには雪の中へ、です。やっぱり寒そうなのでやーめた。まえに、湖上のワカサギ釣りを経験したので、いまさら……。

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広ーい食堂で(この写真のずーっと奥と右手にひろがっている)、和洋中フルーツ飲料バイキングです。食べ過ぎないようにしないと、と自制デス。

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本日のコースは、帰り優先なので出発までは時間がたっぷりあります。ホテル内に設けられた10店舗弱の花見小路で、はやくもカミさんはお土産の買出しをやっています。運ぶのは、いつものようにオレなのかしら?

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なんせたっぷりな時間、フロントロビーでバスの到着をのーんびり待ちます。サービスコーヒーもあることだし。
じつは、わたしたちは、二組といっしょにほかのグレードアッププランの割り増し料を足したのでした。ほかの大半の客は……。
こういう格差がツアーのなかに作られるのはいけませんね。

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動き出したバスは、午後になるまで雪道を走るとのこと。昨日のような吹雪ではないことをいのります。すぐに爆睡にはいります、われわれは。

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松山千春さんのふるさと足寄、千春さんの学校友達が経営する「あしょろ庵」で小休憩を兼ねて昼食の積み込みです。

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そして、雪はやんだようです。ふたたび走れ走れ、です。寝よう寝よう、でもあります。

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十勝平野をぐるーっと一望の下に展望できる、日勝峠につきました。居眠りからめざめた目には、この白い景色はまぶしすぎる……。

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もう、まるで外を眺める気にはならないで、ひまになったらウトウト。これがなんとも気持ちがいいったらありゃしない。
ガイドさんあまりしゃべらなくなった。たまにポツンと、間を置いてしゃべるだけ。「前方の板カマボコがつながっているようなのは、JRを吹雪から守るシェルター
で、線路をそっくりおおっているものです」だって。眠さをこらえて見なくても、よかった気がした──。
だらけきってしまったのだ、きっと。

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出発二時間半もまえに、新千歳空港に到着、早すぎた空港待ちになりそうです。

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かえろ帰ろ、です。10分遅れだそうです。いいじゃないか、10分ぐらいおくれたって。ただ、家にかえるだけなんだから。これってところに行くのじゃないからね。

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さんざっぱら降りやがった空も、帰るとなったら、こんなにも晴れ上がりやがったよ。だれかが、いやみな祈りでもあげたのかもしれないな。

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ヒコーキでも、寝癖がついたようで、シートベルトを締めたとたん、離陸も知らずに寝てしまいました。横からつつかれて、まもなく羽田を知らされました。

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なるほど、お台場観覧車の遠くに、東京スカイツリ-がボーっと突っ立ち、上ほうの白色光がくるりクルリまわっています。

真冬に逆戻りした北海道からかえってきたことになります。これはこれでいい旅をしたことになるのでしょう。

おつかれさまでした。

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北海道バスツアー 知床→摩周湖→弟子屈→阿寒湖 阿寒湖鶴雅ウィングス

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バス車内から水滴でくもったガラス窓越しに外の吹雪の様子は、走るほどに強まっていることがわかります。

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斜里ウトロにもどり、道の駅でホッと一安心の休み。この先どうするか……ドライバーとツアー添乗員が協議しているようだった。

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われわれツアー客たちは隣接する知床遺産センターで、知床半島のもろもろの展示説明・案内を見ながらお勉強です。見れば見るほど「いいなあ、知床は」です。

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と、気になった案内情報がありました。
すでに知床峠は閉鎖され行けなくなっていることは承知していますが、ここに記された「知床半島めぐりクルーズの全便欠航」のお知らせは、ウーンと絶句です。峠には行けないワ、船による半島めぐりはできないワ、では、なんのための今回ツアーの参加か、まったくわからなくなりました。やめてよ、って叫びたい!

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で、屈斜路湖よりもこの雪なら摩周湖なら行けそうだ、との判断で、ドライバーさんの「まかせてください」で出発です。どんどん降ります、ずんずん積もります、しんしんと……さながら雪中行軍のようです。

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おいおい、除雪車も出ているよ。除雪車のワダチがあっというまに消えるのを見ながら後についていましたが、のろいスピードにとうとうドライバーさんは追い越してしまいました。ウデに自信があるんだなあ、とある意味安心していました。

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屈斜路湖方向も、こんな積雪状態、なるほどこれじゃあね、行かないほうがいいでしょうね。

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着きましたよ、摩周湖へ。展望台へともかく行きましょう、どんな光景が見られるかたのしみに。

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展望台の最高部からの摩周湖はごらんの通り、湖面はまったく見えません。
「霧の摩周湖」どころか「吹雪の摩周湖」でした。布施あきらさんに言いたい「どうしてくれる!」と同伴のおじさんがつぶやいていましたが、こればかりはしかたがないやね。

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そうそうに、摩周湖から山路を下り、弟子屈に向かいますが、一帯は名立たる強風地帯で、途中道路下に吹き飛ばされて(たぶん)事故っていた軽自動車がJAFに助けられていました。ここにも除雪車が活躍していました。

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「大丈夫ですよ」というガイドさんの声をきくたんび、車を運転しないわたしには不安が育っていく……年取ってきたからでしょう、最近なんに対してもオビエが先立つようになってしまった。すっかり臆病になったのです。

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とうとう走行中はウタタネもできなかった。阿寒湖温泉への矢印を目にして、ほんとにうれしかった、のです。

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阿寒湖温泉 あかん湖 鶴雅ウイングスで今夜は宿泊です。チョウチンを持つつもりはありませんが、北海道で11宿を展開する鶴雅グループの経営です。
参加した団体ツアーをはじめ、このての旅行で利用するような宿泊設備ではないような、きわめてグレードの高いホテルでした。よかったら、こころみにネットでしらべてみてください。

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荷物を部屋において、5分も離れてはいない「アイヌコタン」を再訪しました。

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雪ですべる、相変わらず風も強い、そしてなによりかにより、とってもさむい。
カミさんともども前に厳冬下に来たことがあるから、「もう宿に帰りましょ」にしました。懸命な判断です。

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ホテル内のエントランスや、アイヌ文化ギャラリー、そしてでっかくて広々とした三つの大浴場とスパ施設をゆったりめぐって、のーんびりしました。

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就寝前に窓から外をながめたら、完全に真冬にもどっていました。
今日一日、春先の北海道ならぬ冬景色の道東をたのしませてもらいました。

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北海道バスツアー 斜里→ウトロ→知床峠→知床五湖

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バスの中から高い樹の上に羽根を休めている尾白ワシを見つけました(わかるかしら、真ん中左よりに写っています)。知床らしさの第一報になりました。

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「おしんこしんの滝」は三回目の訪問です。雪解水で水量は豊富です。チャリンコで8年前(東京から出発して44日目の8月21日)、きたときにもザーザーと音立てて滝は流れ落ちていたっけ。再訪したときは真冬の夜だったので、滝口への道は凍結していて登るのに苦労したっけ。

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北海道ならどこにでも生い茂っているフキノトウも新芽からいよいよ成長をはじめている。おどろくほどでかーいフキノトウになります。内地と違って、こちらの人はあまりたべません、もったいないけど。

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ずんずんずーんと知床岬へ近づきます。

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ウトロの市街地を通り抜け、ここは地の果て。知床さいはて市場で昼食をとります。

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海岸にカニを商いがてらのラーメン店があり、その隣にはシーズンインのときの「知床キャンプ場」の案内小屋があります。わたしは「知床国設キャンプ場」にテント泊しましたが、そばに温泉施設もあり快適でした。もっとも、夜分にはテントのわきにエゾシカが寝に来たのにはおどろきました。

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さあ、いよいよ知床峠へゆこう! と……
ゆきがひどくなり、知床峠への道は通行止めになってしまいました! 
ガアーンです、峠へ行けるからこそのツアーだったのに。なんのためにきたのか   わ・か・ら・な・い! はげしくブーイング ブー ブー。
ツアー会社の添乗員さんとバス会社の運転手・ガイドさんが協議して、予定を急遽変更したそうです。で、とにかく通行止めの知床道路へ出発です。

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どこに行くかは「着いてからのおたのしみ」で雪の中、峠をのぼりはじめます。
上り坂がつづき勾配が増す地点の三叉路で、右へゆけば知床峠への道の分岐点を左折しました(チャリンコのときにはこんなところはなかったと記憶している)。

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ここら辺では雪が少なく行き交う車もない山道を、蛇行をつづけながら、のぼりつづけます。

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ついたところは「知床パークサービスセンター」。
ガイドさんから説明がありました。「知床五湖に到着です。あいにくの吹雪ですが、どうぞ五湖を見物してくださいませ。行ける方は自己責任で」と。

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吹雪にたたずむのはわたしです。全五湖をめぐるには、センターでレクチュアーを受けなければなりませんし、ゆうに2時間はかかります。
この天候では、第一湖かその手前の展望台まで行くのが限度でしょう、とのセンターのアドバイスでした。ま、とにかく行ってみましょう。

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6年前に開設された知床五湖めぐりの木道と遊歩道は、吹雪で積雪10センチです。

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わたしたちのツアーが、今日始めての団体だそうです。

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熊笹の生い茂る原野を貫いて木道がくねくねと伸びています。視界はあまりよくありません。さらに吹雪は激しさを増し、体ごと飛ばされそうな勢いになって来ました。

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木道の高さは5メートル以上あります。熊が昇れないようにと、電線が張られ強い電流が流されています。

展望台にやっとたどりつきましたが、柵につかまっていないと立っていられません。シャッターを押したくても押せません、どころかカメラが雪にまぶれてきました。そうそうに退散です。結局ひとつも湖を見られませんでした。
知床五湖観光は別の機会にとっておきましょう、生きていられたらですが……

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われわれのツアーで展望台まで行ったのはけっきょく4人だけでした。最高齢者はむろんわたしです。
ですが、もう無理は禁物、というよりそれさえできずに、文字通りやっとこさっとこで、知床パークサービスセンターにかえってきました。疲れたー、こわかった!

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もしも、もしもですよ、このブログを見て「行ってみようか」と思われた方のために、知床五湖の案内を載せておきましょう。がんばっていってみてください。

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北海道バスツアー 温根湯→留辺蕊→美幌→網走藻琴→斜里

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いつものように4時起きの早い目覚めです。宿の部屋の窓からの無加川は雪景色、どうやら夜中に天候は雨から雪に変わったようだ。

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24時間利用できる朝風呂を浴びに行く途中の中庭も雪が積もっている。4月の末だというのに、さすが北海道のど真ん中、寒いんです。
雪見の露天風呂もいいかなと、タオル一枚をもって大浴室から出たものの、これがとんでもなくサ・ム・イ。

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今日は遠出だということで、7時半の早いい出発。視界が悪くなるほどの雪模様。吹雪にならなければいいのだが……

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春をひかえた道道の暴風柵は、棚状の風止めをすでに上げています。
ために、この吹雪は、なんのさえぎるものもなく、道路にモロに吹きつけ舞っている状態だ。「完全に真冬にもどった」とガイドの嘆きでした。

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内陸部からオホーツク海にぬけると、雪はやみ雨に変わっています。トイレ休憩は、網走の海鮮市場で。前回ここへ来たときには、

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海鮮市場の海岸には、流氷が着眼したあとの氷の堤防ができていて、冷たい風が吹き荒れていたもんだ。

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オホーツクの海岸に沿って、網走とは逆方向の斜里に向かいます。
海岸にいちばん近い駅として名高い「北浜」駅。今回は立ち寄らずに通過。
8年前に自転車で、ここにたどりついたときには、深い感慨をもよおし、やがてゆきつく知床半島に、思いはふくらんだものだったが……

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「小清水原生花園」も車窓からだ。JRの駅がぽつんと。シーズンの観光客を向かえる以外には乗降客がいない小駅のたたずまいも、これはこれでいいものだ。

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そしてふたたびオホーツク海岸線から内陸をはしってゆくことに。
途中「山崎菜園のじゃがいも苑」も通過。自転車でここについたときは、昼時だったので、おいしいバタじゃがをいただいた。そこに、若いサークルの一団が食事をとっていた。きけば、東京大学競争部の清里での夏季合宿の長距離走練習だとのことだったなぁ。

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ふたたびオホーツク海岸にでて、遠く知床岬が見えてきた。
急に体内にアドレナリンが満ちてくるのを感じた。気分がハイになってきた。

「よくもまあ、東京からこんなところまでチャリンコできたもんだ!」と、フルエに襲われた。

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北海道バスツアー 美瑛→旭川→層雲峡→温根湯

カミさんとわたしの体調回復をたしかめること、負担のかからない旅、それにはかつての思い出の場所に行くのがふさわしいと、今回のバスツアーに参加しましたが、どうやら季節が早すぎたような感じです。なんとなく、何かが起こりそうな気配がじょじょにしてきました……

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富良野から大雪山系を見ながらバスは先へ向かいます。

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やがてバスの車窓に開けてきたのが、美瑛の畑作地帯、みわたすかぎりのはたけ、畑……

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まもなく迎える春に向けて、畑は掘り返され、そろそろ種まきの準備に──
道端には蕗の薹がびっしり育って、うす黄色のベルトを伸べているよう。

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美瑛に設けられているグルリ360度の展望台で、北海道の広さを堪能です。アルプスのハイジ、みたい、なんですって、とカミさんがいう。

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時間があれば、スケッチしてみたい。

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いいなぁ、いちにちじゅう、ここでボケーッとしていたい、なにもしないで。
今回参加したバスツアーは、やれ行けそれ行け、とばかりに北海道の中央部を東西に貫いてはしりにはしるコースなので、のんびりしているヒマはない。「まもなくバスは出発です」だって。

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美瑛は畑作のために広大な土地を開拓したところ。ところどころに、こうした一本の種類の違う樹木があるのは、土地の境界を示す目印に残された、という。

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まっつぐ伸びた線路と無人駅、ホームの待合小屋を仮り宿にしたらいいだろうなあ、きっと。

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原野の鉄道、ホームだけの駅、齢がさかのぼれるならば、ここまでトコトコ列車できて、このホームにおりたってみたいものだ。

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バスの振動でいい気持ちで居眠り……目覚めたら層雲峡を通りすぎていた。かつて厳冬の層雲峡をたずねて一泊したときには、わざわざクルマをだしてもらって、層雲峡めぐりをしたので、居眠りしたのもやむをえなかったのでしょう。

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石北峠を越えて、北の森ガーデンで小休止タイム。たしか、この近くに「キタキツネ牧場」があったはずですが、もうとっくに廃業したときかされました。わざわざキタキツネを見るという観光需要がなくなった、ということだそうです。

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午後6時です。留辺蕊の無加川のほとりの天然温泉・温根湯温泉につきました。今夜のお宿です。「大江本家」です。ネットであらかじめの模様を承知していましたが、正直に言って「この時期のバスツアーで、こんなにいい宿に泊まれるの?」でした。文句なし、です。
夕食を済ましたころから、ありゃりゃ、雪が降りはじめましたよ、しかもいきなりの吹雪状態で……

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