四国歩き遍路3巡目

88番大窪寺、結願→帰宅

2014.06.24 四国88寺遍路巡礼3巡目──結願

昨夜、第一回遍路のときにお友達になり、その後いろいろお世話になった飛騨高山におすまいのMさんから「今夜の19時半、NHK『クローズアップ 現代』でお遍路がとりあげられるからぜひみてください」とれんらくが入りました。
見ました。主として二人の若者の遍路行が出ていました。その意義は別にして、遍路のじっさいをほんのごく一部、片鱗のわずかしかうかがえなかったけれど、ま、あれくらいにしか扱えないのも、30分の時間枠ではやむを得ないでしょう。

長尾寺から 88番札所大窪寺へはさぬき市営のコミュニティバスが、一日4便運行されています。
まえ2回の遍路では、あるいて大窪寺へ参拝しましたが、今回はこのバスを利用します。

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8時40分、このバスを運行している大川バス本社から大型バスに乗り込みます。約18キロ先まで片道200円です。土/日/祝日は、大川バスの路線バス運用になりますので、500円になる、とのこと。乗客は、ここから乗って途中降りる人ばかりで、合計6人でした。

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四国遍路の結願(けちがん)寺、88番札所大窪寺。全行程1400キロを歩き通した過去2回の結願では、到着とともに、涙がとめどもなくこみ上げて、まさしく号泣したものですが、こんどはあっけらかんとして「おわったぁ~」のゆるい気持ちしか湧きませんでした。

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本堂脇の納経帳記帳所前に、金剛杖の奉納所が設けられています。金剛杖は「同行二人」、すなわち弘法大師と同行の証しです。用済みで、ポイではありません。

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おさめられた金剛杖は、大師堂わきにこのような、金剛杖供養塔(というのかな)に奉納されます。丁重に扱われ、それぞれの遍路と苦楽をともにしたご苦労をいたわっていただけます。

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本堂につづいて、この大師堂で、さいごの納経を済ませます。
また、わたしにへんろをうながした願いごとのさいごのお願いも祈念しました。

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私の最後の奉納蝋燭です。上の一本がそれです。各札所の本堂と、大師堂で一本、つごう二本ずつの蝋燭をともしてきました。単純に計算して 88×2イコール176本のローソクを立ててきました。

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最後のお線香を2本立てました。176×2イコール352本を供香してきました。
お賽銭は、いったいどれほど納めたのでしょう、これは記録を集計しなければわかりません。
納経帳記帳代は 300×88=26400 になります。

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さぬきコミュニティバスで高速志度乗り場に出て、JR高速バスで、鳴門大橋、淡路島経由、神戸を通って大阪駅へ行きます。いままでの結願からの帰路は、深夜の高速バスを使いました。今回は日中の帰宅行です。鳴門海峡、神戸のもようなどを見ました。
神戸から大阪への道のりは、昨年6月の自転車での山陽道走行を思い出しながら、「よくも走ったもんだよ、おまえさんは……」と、わがことながら感心しました。

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大阪駅から、新大阪に向かい、

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新大阪駅から新幹線「のぞみ」で。
ピーカンに晴れていたのに、すすむにつれて小雨、本降り、とひたすら雨に向かって行くようなものでした。

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ということで、午後6時6分の帰宅になりました。

「またゆきますか?」と聞かれたら、「ウーン……」としかいえません。
やはり1番札所から88番まで一気にお参りする気力がなければ、おいそれとは「四国お遍路にいってきまーす」にはならない、かも。
区切りうちでお遍路をするには、そのたびごとの出発モチベーションを獲得するのは、たいへんなことです。
やるなら、1400キロ一気に歩き通す醍醐味をもとめることなのかもしれません。間もなく73歳を迎えます。ここは年齢と体力との折り合い次第と言うことになりそうです。
ゆっくりかんがえることにしましょう。

私の行動の基本は「自転車日本一周」であることを忘れないで……。







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84番屋島寺から87番長尾寺まで参拝。明日で3回目の結願!

昨日の雨中行軍で濡れてしまった衣類を洗濯機にかけたところ、乾燥機のついていない洗濯機だった。一晩中、外に干しておいたが、やはり乾いていなかった。アチャーです。宿にお願いして、近くのコインランドリーを教えていただくと、事情を察してくれて、「手前どもで車で往復しますから……」と、ありがたい言葉で、ランドリー行きをお接待していただきました。

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今回の屋島寺へはケーブルカーを使うつもりでした。つぶれていました、廃業です。琴電瓦町駅とそごうデパートのコラボがはじけたあおりで、ケーブルカーがとまってしまったそうです。幸いなことに、コミュニティバスが100円で上下運転していますので、助かりました。

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84番屋島寺本堂。あの鑑真和尚がこの霊地を開創、重厚な建築です。

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鑑真の天平の甍をとりいれたような宝物館。500円ですが、見る時間のゆとりがないので、パスです。

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屋島寺からの瀬戸内の眺めです、平家物語の源平合戦をしのばせます。

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ケーブルカーです。85番八栗寺へ行く遍路道は、これと並行してコンクリート道が整備されていますが、その勾配、傾斜はハンパじゃありません。確実に25度以上の坂道がずーっとつづきます。いままで2回のへんろでは、きちんと歩いてのぼりましたが、ヨルトシナミに勝てなくなりました。
左側乗務員席の運転手は女性です。
ちなみに、琴電の運転手は女性ですし、車掌は男性でした。

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85番八栗寺本堂。なお、この札所は歓喜天の霊場としても有名です。

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86番札所志度寺の五重の塔は高さ33メートル、昭和50年建立のあたらしい塔です。由来書きには、この五重の塔は個人の喜捨によった、と書かれています。

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87番長尾寺に尽きました。何も足さない、何も引かない、ムダなものはなにもないひろびろとしたお寺です。義経の側室静御前がここで得度し、その剃髪が埋められている塚があります。

というわけで、あすはいよいよ四国遍路打ち止めの結願寺88番札所大窪寺参りです。

天気はスカッとしています。思ったほどには暑くはないので助かりました。






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81番白峯寺から84番屋島寺のふもとまでの雨中行軍でした

昨夕から降り始めた雨が、ザーザー降りに。今回の遍路ではじめての雨具着用の雨中行軍になりました(行軍については後ほど)。

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81番白峯寺、本尊は千手観音。もうあと八つで結願なのでうれしいはずですが、とにかくビシャビシャぬれながらの歩きですから、息が上がらないし、意気もしょぼみそうデス。

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近くには宮内省管理の崇徳天皇陵がある関係で、その社殿も寺の一角にあります。どうも、こちらへの参拝は少ないようです。

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モヤっているような写真ですが、正真正銘の雨の中の遍路道です。
実はこのあたりには、自衛隊の射撃訓練場があります。時たま、パタパタと銃撃音が聞こえてきます。どうも、なんですね、最近の事態を考えると、この演習も気になりますね、いろんな意味で……。雨中行軍とはこのこととの絡みです。前の時の遍路では、隊員の銃を持った姿を目にしたのですが、今回は一台のジープが通っただけでした。

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82番根香寺に、役行者の像があります。

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12キロ先の一宮寺まで、雨はイヤだなとぼやきながら、しかたなく歩いていると
お昼近くになって、ちょうど眼下に高松市街が見下ろせる地点に来ると、雨がヤット晴れました。

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83番一宮寺到着。疲れました。ぐしょぐしょになりました。

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巨大な線香立ての土台が三本足ですが、それぞれアマノジャク天の邪鬼が支えていました。偉いなあ、と感動です。

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また、お寺のおみくじが唐傘(からかさ)には驚きました。讃岐の団扇ならわかりますが、なぜカラカサがおみくじになっているのかハテナです。

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さらに18キロ歩かなければ84番屋島寺に行けません。さすがに疲れた……今回の遍路は宿の不安定でバタバタしたせいもあって、疲労が頂点近くになりました。雨中行軍は、疲れを二乗させてくれたようです。
目をつぶって、琴電に乗ってしまいました。
ふつうに進めばあと二日、チンタラ行けば三日かな、結願までは……もうひといきだゾ!

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75番善通寺朝のお勤め→80番国分寺参拝、かんぽの宿坂出泊

夜半から降り出した雨は、幸いなことに朝には小降りになっていた。
宿坊泊まりなので、当然、朝のお勤めに参加。首僧(たぶん貫首でしょう)と陪僧11名の勤行でした。だらしがないことに足がシビレました。座禅を組ませてもらえばよかったかな、と後の後悔でした。終った後、空海さんのお声を再現した説法、そして胎内くぐりを経験させていただきました。四国遍路の宿坊勤行では、最高の評価を置き土産にしました。

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この善通寺大師堂の奥まった場所での朝のお勤めでした。ありがたいことでした。

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五重の塔と大楠(樹齢1200年余)。

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雲辺寺の五百羅漢さんでは見つけられなかったけれども、個々で探し当てた顔、だれの顔かって……私の顔とそっくりじゃないかしら。目元と鼻の座りが。いい顔をしていますねえ~、いや本当に。

今日もハイペースで寺を廻りますので、ちょこちょこっとしたことしか書けない。

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76番金倉寺(こんぞうじ)本堂。名古屋のツアー遍路がいっぱい。

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これが有名な金倉寺(金蔵寺が正しく思える)の運財絵馬。金の大判型の絵馬で、言わずと知れた「どうかもうかりますように……」ってどうせ書くんでしょう。
お金が好きで、絵馬収集家のSさんにお土産にしようかなと思ったが、下品なのでヤメます。

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77番道隆寺本堂。こんどは大阪のツアー遍路さんたち、さすがにヒョウ柄のおばちゃんはいません、みなさん白衣装束です。

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丸亀城の天守閣を望みながら、次は78番郷照寺へ。丸亀のアーケードの入り口で、5年がかりの区切り区切り遍路で結願された方から、トマトとバナナのお接待をいただきました。まかはんにゃはらみた、のお礼をお返ししました。

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郷照寺の納経所からの市街一望です。

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79番天皇寺はくっきりとした神仏習合寺院です。行基の開基で崇徳天皇ゆかりの札所です。西行、上田秋成などの作品にも反映されています。

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80番国分寺の国宝指定の本堂です。
やっと、四国88カ所札所参りは、のこり一桁の8寺になりました。
というわけで、今夜はちょっぴりとすこし贅沢して、かんぽの宿・坂出に泊まります。温泉が湧いていることだし、ユッタリできそうです。

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かんぽの宿・坂出の露天風呂からは、眼下に瀬戸内がながめられて、いい気分です。足腰をよくもみ、コインランドリーで衣類はさっぱり、これで食事がよければ満足です。ふつうの遍路宿の倍の値段を払うのですから……。

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68札所から75番札所まで一気に納経のせわしなさ

歩いて四国遍路をするのは、だんだんむつかしくなってきた。高知の足摺岬の遍路宿が軒並み廃業したため、宿泊先の確保に苦労したのにつづいて、今日の札所巡礼で、宿が確保できない事態に見舞われた。観音寺から先、善通寺までかつての遍路宿が廃業している。
あせった。テント、寝袋は持参していないので、野営、野宿はできない。
こりゃあ、一大事だぜ、とばかりに、昼からの札所めぐりは、じつに慌ただしいものになった。そそくさとお参りし、やれ行け、それ行け、行け行け~ドンドンになってしまった。
札所に着くやいなや、本堂と大師堂に早口で納経をすませ、記帳が終るや、駆け出さんばかりにして、次のお寺に……お寺巡りのラリーをやってんじゃあねえよ! としかりつけたくなるのをぐっとこらえていました。
ということで、今日のブログは本堂の写真ばかり──なんだか、行きましたよ、の事故証明みたいになっちまった。みっともないったらありやしない!

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67番札所大興寺うらの「民宿 おおひら」から出発し、観音寺市内の68番神恵院と同じ場所に並立している69番観音寺。一度にふたつの寺にお参りできる、遍路にとってはお得な場所。この裏に琴引公園と銭形の巨大な砂絵がある。

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68番神恵院本堂、このコンクリートのかたまりのなかに本堂が納まっている。

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69番観音寺本堂。

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70番本山寺山門と五重の塔。四国には4つ五重の塔がある。鶴林寺、志度寺、善通寺、そしてここ。明治初期になくなっていた塔を復活したとのこと。

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71番弥谷寺本堂。ここから、これからの里程に合わせて、前に利用した遍路宿に電話予約……ところがつながらない。こりゃあなにかあるなとピーンと感じるものがある。

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押っ取り刀で、それこそ72番曼荼羅寺に駆けつけてみると、なんとしたことか、寺と隣接しているおおきな看板の遍路宿「門先屋」が取り壊し中。廃業したんですって。寺が買い取って、とりあえず取り壊しているところ。跡地は何にするかは、今は不明だ、とも。やんぬるかな、だ。

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こりゃあ、まずいことになった、と次の73番出釈迦寺に来てみると、寺の入り口脇の「坂口屋」が無人の状態。ここも廃業……。
こうなったら、とっておきの善通寺の宿坊に予約を入れる。「夕食はいまからでは用意できませんから、どこかでお買いになっておいでください。5時までにはいってくださいね」ですって。逡巡は許されないのだ!

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あの、元「カトキッチャン」のウドン工場(日本タバコ産業が買収したそうな)の隣の74番甲山寺で、今日は打ち止めにして、あとはひたすら75番善通寺に。
マルエツのスーパーで炊き込みご飯、天ぷら取り合わせ、そして私の好きなじゃがいもと各種葉っぱサラダをぶら下げて、善通寺いろは会館(宿坊)に入る。
温泉が湧いているので、汗をながして、あわただしい一日を終えることができました。

歩き遍路は、リンキオウヘン が命。
ひょっとして、どれだけ対応できるか、試されているのかも。

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66番雲辺寺→大興寺参拝──久しぶりの遍路道に苦しむ

暑い一日でした。久しぶりの遍路転がしに苦しみました。

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73歳、格別の体力もないのに、なぜかむしょうに遍路に出たくなる。無理を承知で歩くのだから、「もういいかげんにしなさい」の説教も、そりゃそうだ、と半分はみとめているのだが……無理をしなけりゃ──です。
早朝5時半に、66番札所雲辺寺遍路道入り口に立ちました。
天気予報では、暑い一日になるとのこと。

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朝靄の中を歩く。この爽快さは味わった人でなければわかるまい。

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こんな道は、極上の部類、急峻のアップダウン、ぬれた、すべる泥道……。

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道ばたの丁石で、あと何キロとたしかめながら歩く。4.9キロののぼりだが、息は切れる、膝はワラう、のどはカラカラ、あせびっしょり……なんで、くるしむのかしら。

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腐食した倒木に道をふさがれる。前に来たときには、たおれた木のしたをくぐれたのだけれど……泥だらけになりながら、なんとかとおり過ぎた。

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朝日が行く手のモヤを突いて、木の間越しに差し込んで、なんとも感動!

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雲辺寺本堂に到着。ゆっくり、じゅうぶんに休んで、下りの遍路転がしに備える。遍路装束から、汗臭いにおい、わがものながら、なんともクサいもんだ!

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ズラーッとならんだ五百羅漢の石像に送られて、膝に負担のかかる遍路転がしを下る。濡れた石、苔の道、土留めの木材に足を取られないように、まさしく転がらないように慎重に金剛杖に頼って、踏みしめながゆっくりらくだる。

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下り遍路道は、文字通り鬱蒼とした森・林をぬって行く。

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ふもとに降りて、はじめて目にしたのがこれ。黒い独鈷をガードレールに吹き付けて、道案内にしたのは、たしかドイツから来たお遍路さん。私の2回目遍路の時、ちょこっとお手伝いをしたものだ。

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手作りの遍路休憩所でザックを下ろして休む。写真が下手でわかりにくいかもしれないが、壁は職人がコテで作り上げたイッピン。技術を若い職人に継承するために、あるお遍路が指導しつくったもの、とのこと。

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今日はいくらも歩いていないのだが、67番札所大興寺山門に着いたときには、猛烈な暑さ。こりゃあ、ヤバいってんで、この寺の裏にある遍路宿「おおひら」に、逃げ込むように、宿泊をお願いした。洗濯をし、水シャワーで身体を冷やし、しばし昼寝を楽しませていただく。半日の遍路行だが、まあ初日ってことで、早すぎる締めにした次第だ。
愚痴をこぼすつもりはないけれど、カラダをこわしたら、なにをいわれるかワカラナイ。そういえば、昨夜の某おともだちが「しゃかりきにならないで、たのしんでおいで」と、言って励ましてくれたっけ……。







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讃岐一国参りに出発/まずその前に……

3月の遍路行は、雲辺寺越えを控えて、不整脈に襲われ中断。
どうやら体調も元に戻ったので、リベンジと 後記のねがい を果たしに、今日6月18日に 阿波池田 の「白地荘」に向かいました。

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自宅を6時20分に出て、JR新幹線で 岡山→JR四国土讃線の大歩危へ。

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四国一の吉野川の大歩危に。ここへは50余年前に、これとおなじ鉄道からの車窓風景を楽しんだことが忘れられず、その思い出に会いたくて来ました。昔と違って、列車のスピードがヤケに速いように思えた。

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大歩危駅で下車して、祖谷〈いや〉渓谷にかかる葛橋〈かづらばし〉を見に行く。聞くところによると、この葛を確保するのが近年難しくなったそうな。
雨上がりの直後なので、足元がツルツル滑り、なんだか橋から落っこちそうな恐怖におびえながら渡りました。下を見て足元を確かめながら歩くのは、下の川面が見えるだけに、スリルのあるものでした。500円の見学料もムベなるかなでした。

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一方通行のかづら橋を渡ったすぐ左50メートル先には「琵琶の滝」。
滝の真下に立つことができます。水量が多すぎて、あまり近づくと、びしょびしょになりそう……。

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「祖谷渓谷」は谷が深いと聞いていたので、四国バスに乗って阿波池田に向かいました。なるほど、一車線ギリギリのつづら折りの山間部を通るので、左下にのぞき込むような谷底にもおびえました。1時間30分弱の乗車中は、わたし一人の貸し切り状態でした。先頭の座席に座り、運転手さんの案内をききながら、山路走行を楽しみました。

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近頃、テレビで放映されたために、にわかに訪れるひとの増えた「峡谷に向かってジャージャーとタレている小便小僧」の銅像に運転手さんが臨時停車してくれました。
この祖谷渓谷を走るバス路線は、たった一軒の祖谷温泉、出合〈であい〉の集落のほかは、まったくひとの姿を見ませんでした。

今夜は、阿波池田まで出迎えていただいた「白地荘」に泊り、明日から遍路姿で巡礼です。来月初旬に行われる、カミさんの目の不具合の手術の成功を祈ってお参りに廻ります。

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2014.03.19 61番香園寺~65番三角寺

日中は暖かかったけれども、床に入ってからが寒かった。掛け布団一枚では、よけいに寒さがきつかった。

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61番札所 香園寺。 宿坊が団体以外は受け付けないとのことで、歩き遍路は困った状態になっている。この本堂は、 どう見ても仏教寺院とは思えないたたずまい。

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本堂の中は、まるで劇場かとみまごうばかり。いいのでしょうか、こんな状態は、デス。

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62番札所 法寿寺。関東からのバスツアー巡拝の遍路さんでたいそうな混雑。総勢40人の団体です。納経帳の記帳で、だいぶ待たされることになります。

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63番札所 吉祥寺です。前回すでにお参りしているので、軽く合掌デス。

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64番札所 前神寺本堂です。ここは、石鎚山(標高1982メートル、西日本最高峰)をご神体とする神仏混淆の聖地でもあり、修験の地でもあります。

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また、かつては徳川に縁が深く、葵の紋が境内のあちらこちらに散見されます。

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不動明王が滝に打たれて、流れ落ちる水のせいでしょう、赤茶けて変色しています。山の神の怒りがいっそう強められるようデス。

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高知で桜の開花宣言が出されたとのことですが、歩いていますと、この季節のいろんな花が見られます。久しぶりの菜の花ばたけと、バックに石鎚山の風姿に息をのみました。


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65番札所 三角寺。ちょっときつい勾配と、階段の高さに苦しみました。

久しぶりの遍路なので、まだかつてのような歩きの要領がよみがえってきません。写真はむろんのこと、まわりに目が行かず、とにかく歩くことだけしかあたまにないような一日でした。ブログにうるおいが出ないのも無理からぬこと、かも。

明日は四国遍路後半の最大の山場、雲辺寺に向かって歩きます。香川県・讃岐の国、涅槃の道場入りです。

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四国歩き遍路3巡目ラスト部分のスタート

一昨年10月16日に切り上げた四国遍路3巡目の残りを打ち終えるために愛媛県に来ました。

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東京駅発新幹線のぞみ107で岡山駅へ。車中での感慨──昨年5月末から6月中旬まで、自転車で東海道・山陽道をひたすら走っていたことを思い出していた。よくまああのママチャリで走ったもんだ、と我ながら感心しながら。

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JR瀬戸大橋線の特急しおかぜ15号に乗り換え、瀬戸大橋から四国に。
松山行きで、途中の壬生川で下車。

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4時31分、無事に壬生川に到着。

四国遍路61番札所香園寺からの再スタートにそなえて壬生川に宿を取りました。本来はひとつ手前の伊予小松駅が近いのですが、あえてここにしました。

ブログを更新しながらの遍路ですが、Wifi ルーターが不具合を起こしました。、それの克服のためにドコモショップ東予店に相談、なおりました。

さて、気張らず、焦らず、のんびり遍路する予定です。

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