日本一周時計回り

山陽道走破回顧17 広島 岩国から奈良へ

2013年6月15日(土)
岩国から撤収。
昨夜、激しい腹痛。はじめいつもの不整脈で不快感にとらわれていたが、時の経過とともに下痢がひどくなり、これにはマイッタ。
そして夜中過ぎから激しい雨が降り始める。床を離れる朝5時には、集中豪雨のようなすさまじさに。
倦怠感も重くのしかかり、この豪雨の中を行くのはかなり無理がありそう。また、テントを持たずに来ているから、次の宿泊地を確保できる地点まではかなり遠い。かといって、連泊してやり過ごすのも……どうやらこのあたりが身体的な限度か。下関はすぐそこでモッタイナイとは思うものの、これ以上の旅の続行は身体をこわす、よくない、そう判断して撤収することにした。よくいう、こころがくじけたのかもしれないか。おい、そんなにヤワなのか、のことばがどこからかきこえる気もしないではないが……まぁ、やむを得まい。決断する勇気を持っているうちはまだつづけられるノダ!
8時、土砂降りの中を出発。
岩国駅前の交番──なんと二階建てビルの二階部分が派出所──で、宅急便の営業所の所在地をたずねて直行する。自宅までの届け料金を問い合わせると、なんと自転車購入料金よりも高い!。さあ、どうするか?
岩国駅からのJR新幹線を手配して奈良に向かう。
奈良駅前のホテルに投宿して、明日のカミさんとの合流に備える。奈良に三泊、引き続いて京都に二泊の観光を明日から愉しむ。
このたびの旅の出発とおわりが、ともにカミさんとの観光になることになるわけだ。

Photo

JR岩国駅はあめにけむっていた。

Photo_2

広島駅から新幹線に。

Photo_3

京都で乗り換え奈良へ向かう。

Photo_4

奈良駅はすっかり綺麗に改築されていた。
雨はやみそうもない、岩国よりも激しい降りだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧16 広島 岩国 錦帯橋観光

宿に荷物を置いて、岩国錦帯橋の観光に行きます。

Photo_2

かれこれ20年程前にここへ遊びに来た直後のことでした。不逞な若いヤカラがたぶん粋がって、軽自動車でこの橋を駆け抜けようとして失敗したことがありました。橋板に大きな傷を負わせました。渡橋代金徴収所のおねえさんにその話をしたところ、彼女は知りませんでした。そばで整理にあたっていた私と同年配のオジサンは「あんた、よくおぼえているねえ」と……。

Photo_3

こんなスロープです。けっこう疲れますねぇ。

Photo_4

橋の下の流れです。今日の水量がふつうだそうです。

Photo_5

Photo_6

渡りきった向こうは「吉香公園」です。あれれ、前を行くのは、あの錦帯橋日帰りツーリングのふたり。これから広島に帰るそうです。あしたはバス運転のしごとがあるから、だそうです。

Photo_7

広すぎる公園です。そんなに見られない、というわけでピックアップ──。

Photo_8

豊富な水量の噴水を中心に、あんばいよく休息の場が設けられています。

Photo_9

気に入りました。

Photo_10

旧目方家住宅です。住まいはもとより、ここの庭園がすばらしかった。庭園の手入れをされていた方が、隅々まで案内、説明をして下さいました。

Photo_11

オマケに、橋の下から見上げた写真を。
木組みというのかしら、放射状に橋板と橋桁をささえているワザに感心しました。「くもで」という技法だそうです。

Photo_12

今宵の宿、寝場所は古いけれどもしっかりした純和風旅館です。冷蔵庫、テレビがあるのが、若干不満……ですが。

この夜、カラダが異変に襲われた。やんぬるかな、デス。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧15 広島駅→廿日市→厳島神社宮島口→岩国→錦帯橋泊

6月14日(金)
広島駅→廿日市→厳島神社宮島口→岩国→錦帯橋泊
5:30起床。ノンビリPCをチェックして7:00バイキング朝食。しきりに「北海道稚内から沖縄まで行ってきた、北上して帰る」と71歳と65歳の男性二人が食事中に吹聴している。聞き苦しいが、黙っていた、別れ際にポツリと一言言った「荷物はどうされているのですか?」と。かれらはカラ身の自転車で、走っていたので、ついつい余分の言葉を──あとで、いわなければよかったと反省。
広島市内を出るまで、通勤・通学の自転車の多さときわどい走行にヘキエキする。彼らは慣れているからあのスピードだろうが、よそ者はとてもついて行けない。
廿日市のコンビニで休憩中、広島バス運転手二人の「休日岩国錦帯橋往復自転車ツーリング」に声をかけられる。ブロガー同士の自己紹介と相成った。
昼前に予定より少し早めに山口県に入った。小瀬川の栄橋から三菱レーヨンをはじめとするプラント工場がずーっとつづいていつのに感心する。
いったん岩国駅に表敬訪問に立ち寄り、錦帯橋に直行する。橋近くの観光案内所で、宿を紹介してもらう。かなり昔にバスツアー観光で岩国名物の元祖岩国寿司を食べた「三原家」だった。
荷物を宿に置いて、錦帯橋へ。錦帯橋観光は、むろん錦帯橋を渡るのがメインだが、橋の向こう吉香公園なので、時間をかけて観光する。ここでもいつもどおりに写真を撮りまくる。一番気にいったのが、国重要文化財の加目田家─しっかり記憶しておこう。
宿に戻り、かれこれ20年ほど前に来たことを女将に話したら、「そのときの食事場所を案内します」と。あった、まるで変わっていない、私の記憶とぴったり一致、座った窓際の場所まで思い出させてくれた。創業300年の8代つづいた老舗、90年前に立てられたこの宿、さらに自前でつくった岩風呂、寝たのは純和室で、すっかりくつろぎました。

Photo

こんな通学・通学チャリが群れをなして、広島の市街を毎朝毎朝走ってます。

Photo_2

チャリ軍団のいない道路はこんなに閑散なんですね、広島の町の朝は。

Photo_3

安芸の宮島へは行きません、鹿さんたちにせんべをあげるのは見送ります。モミジ饅頭もたべられませんね。

Photo_4

せめて赤い大きな鳥居だけでも見たかったのに、見えませんでした。

Photo_6

広島市から日帰りで錦帯橋見物ですって。前に走っている方は、昨日も行ってきたとかで、二日連続のツーリング。

Photo_7

岩国駅にはかれこれ40余年前に降り立ったことがあり、用事のあとであの岩国基地を見に行った……。あのとき案内してくれたS君はもういない……。

Photo_8

錦帯橋脇の観光案内所で、宿を紹介してもらい、いったん宿へ行って荷物をあずけて戻ってこよう、っと。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧14 広島原爆ドーム 平和記念公園 平和記念資料館

写真アップのみにします。
ぜひ、ここに来て、じっさいに見ていただきたい、そうおもい、あえて写真だけを並べます。

Photo

Photo_3

Photo_4

Photo_5

Photo_6

Photo_7

Photo_8

Photo_9

Photo_10

Photo_11

Photo_12

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧13 岡山県竹原温泉郷→八本松→海田→広島駅前泊

6月13日(木)
岡山 竹原温泉郷→八本松→海田→広島市内 広島平和公園 広島駅前泊
5:00起床、すぐに露天風呂一人占め。朝食まで入浴、湯あたりしそう。7:00バイキング朝食。昨夜の食事は和食フルコース。一泊二食付きで11000円は、今回の旅でいちばんの贅沢。かんぽの宿の会員登録をしておく。8:00出発。この先の国道2号線は8キロののぼり勾配を行く。歩道・自転車道は、右や左に変わり、消えたり作られていたりのくりかえし。約2時間半の自転車押し歩き。峠のてっぺんに「大明神社」。冷水、アイスクリーム、ジュースでガブガブ、水分補給。四国遍路でのお友逹から「安来方面にでも行くんですか?」の問合せ、?
下りは一挙にノーブレーキ。西条バイパスは避けられないでコワゴワ通過するも、八本松トンネルは忌避して一本松駅に向かう道を取る。以後、JR山陽本線と併走、歩道がないけれども下りっぱなしを好いことに、思い切って進行。後ろから大型トラックに警笛ブップーの低温で何度もあおられた、どけどけ、とばかりに。これ以上は危ないな、と感じた時点で自転車を降りて押し歩きで坂道を下る。
広島市街地に入ってもしばらくは歩道を走り続ける。
さいわいなことに、昼少し過ぎに広島駅前に到着。ホテルを確保して、荷物だけをフロントにあずけて広島平和公園に行く。原爆ドームは耐震調査中でシートが部分的にかけられていた。原爆投下の記念式典までにはシートは取り払われる、と。ドームのまわりを一周して、よーくその姿を目に刻んでおく。平和記念資料館にも入舘する。

Photo_8

温泉で早起き、といえばアサブロでしょう。だーれもいません。大風呂もいいけどせっかくの露天風呂ですもの、おもいっきり手足をのばしましたよ。

Photo

さて、こくどう2号線、トンネルが3つつづきます。子の写真ではわかりにくいかもしれませんが、側道がトンネルの中まで一見つながっているように見えますね、ぺんぺん草が生えているのでもわかるように、トンネルに入って行く人、自転車はいないようです。だって、トンネルの直前までは広いのに、中に入る瞬間に道幅がせまくなるのです。もっとも、この道はいわゆるバイパスですから、歩きやチャリンコの利用は考えられてはいないはずです。

Photo_2

バイパスですから、本来は従来の国道と同じ仕様にしてくれればいいのに、歩道・側道が設けられていない──わかりますね、こ・わ・い~道路なんです。
くしくも、この地点が国道2号線の300キロ地点でした。山陽道の半分は走り終えたってことになります。ごくろうさまです、ほんとうに。

Photo_3

三つめのトンネルは忌避して、一般道に降りました。JR山陽本線の八本松駅方向から迂回して行きます。

Photo_4

でもね、ごらんのような混みようです、なるほどね、この混み方は納得できました。

Photo_9

山陽本線としばらく併走します。断っておきますが、平地ではありません、山間部の走行です。

Photo_5

とやこうしている内に、海田。まもなく広島市街地に入ります。

200

フト気がつけば、この交差点から200キロで下関の案内。
走るだけなら、早くて二日、おそくて三日かな。そんなもんで行き着けるのですが、なにせ出たとこ勝負で走っているので、実際に何日かかるかはわからない。重いザックを背負って、そのザックが何キロあるか知りたくないのといっしょデス。知ったからといってどうできるわけもないから……

Photo_6

広島駅に到着です。さて、宿をさがさなくっちゃデス。

Photo_7

宿に荷物を置いて、このあと自転車でひろしま平和公園に行きます。手っ取り早くこのホテルに決めました。シングル一泊朝食付きで5681円です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧12 岡山 福山城→尾道→三原→日名内峠→湯原温泉郷泊

6月12日(水)
福山城→尾道→三原→日名内峠→湯原温泉郷「かんぽの宿 竹原」泊
5:00起床、福山駅すぐ裏のホテルなので、新幹線が目の前を走り拔ける。7:00バイキング形式の朝食、しっかりした献立・栄養バランスと種類にすっかり満足。直近の福山城を見物。9:00開城につき城内見物はカット、城域散策。
国道2号線を進む。神島付近で登校中の高校生チャリ軍団の爆走に遭遇、驚怖をおぼえるほど、しかし彼らの走法は実に巧み。
瀬戸町の巨大ロータリーの道路脇でテント野営の名古屋からの自転車日本一周青年と会い、しばし会話。グレートジャーニー最新チャリに4箇のキャリーバッグ、後と前にでっかい荷物、背中にこれまら巨大ザック……すさまじい格好。そして路端で野営、私には絶対できっこないと言葉も出ないほど。
三つのトンネルを過ぎ四つめのトンネルに歩道がなかったので、旧国道に行くつもりが迷子になり、30分ほどロス。やがて尾道に着く。
尾道へは以前に来たことがあり、二日ほど市内観光したのでスルー。駅前、アーケード街、そして国道沿い、すべてが寒々しいと感じるくらいの寂れた印象、いったいなぜなんだろう。瀬戸内しまなみ海道(70キロメートル)の起点の橋脚部工事が始ったばかりの頃にはじめて来た時には、このあたり一体は活気がうずを巻いていたようだったのだが……。
山陽道(国道2号線)は、県境は峠なのだとここに来て納得。尾道の海岸部から道はじょじょに山間部にはいり、日名内峠のダラダラのぼり――たぶん4~5キロ――にすっかり苦しめられた。汗びっしょり、水ガブガブ、そして狭い道路にうしろから大きな車に追い立てられる。天下の日本の国道なんだから、国道の名に恥じない道にしておくれ! とこれは泣き言か? とにかく国道だからといって、自転車は安全に走れる物ではない、これはいつもの実感、おクルマさまのための道であって自転車のための道ではないことはたしか……。
昨夜目星をつけておいた温泉、湯坂温泉郷に着き、「かんぽの宿 竹原」にとびこみ、投宿。まあまあの施設と料金、いちおう温泉気分を味わえた。ゴクラクゴクラク、万両万両、でした。

Photo

福山駅から福山城を見上げる。

Photo_2

上から2層目が,豚の鼻を模しているようなといったら叱られるかな。

Photo_3

さぞかし込んでいるだろうな、と朝のラッシュアワーを思う……。

Photo_4

この高校生がすさまじい勢いで追い抜いていったあと、くるわ来るわゾクゾクとチャリンコ爆走登校軍団が、この道幅一杯に群れて走り抜けていった。むろん、女生徒も、だ。

Photo_5

信じられますか、三叉路ロータリーの道の下、草むらにテントを張って野営していた名古屋からの若者を。

Photo_6

こんなにパンパンに荷物を持って日本一周中、彼はこのあとしまなみ海道を渡って四国に行く予定、とか。
路側帯とか、トンネル内の段差とかで、おそらくはキャリーバッグの底をこすって、あたかもブレーキがかかった状態になるのではないかな。そして転倒……気をつけて、となかば激励しましたが……。

Photo_7

しまなみ海道はここから四国へ約70キロ、えんえんと橋、橋、橋とつながります。

Photo_8

尾道の千光寺下です。

Photo_9

商店街。アーケードです、ご多分にもれず閑散──。

Photo_10

国道2号線日名内峠への道、危険なので、あえて右側を走りました。わかるかな、その意味することがデス。

Photo_12

湯坂温泉郷「かんぽの宿 竹原」にお泊りします、いちおう温泉で休みたいので。

Photo_13

ホテルのロビーは、すいていました。団体さんがひとつも入っていないそうです。

Photo_15

もったいない、まさしく一時期やりだまにあがっていた「簡保の宿」だけのことはあります。
たずねるのもめんどくさいけど、さぞかしの経営状況なのかな?

とにかく、わたしはホネヤスメ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧11 岡山 玉島 円通寺→福山泊

山陽道走破のうちで、もっとも「行ってみたい」と思っていた玉島の円通寺に向かいます。

Photo

高梁川に沿って進みます。いま走っているこの陸橋は自転車・歩道の専用です。長いです、とっても、川幅いっぱい安心して走れます。

Photo_2

あちこち道に迷い、行ったり来たりしながら、やっと目印のこの看板を見つけたときは、ほんとにヤレヤレでした。が、この先はあの突き当たりに見える山のてっぺんまで、急坂をのぼらなければなりません。標高は低いのですが、傾斜がハンパねぇデス。

Photo_3

国民宿舎「良寛荘」。直進すれば円通寺へ、右にカーブすれば良寛荘の玄関口へ行きます。
良寛荘前に自転車を置いて行きます。

Photo_4

振り返ると、水嶋、玉島、そして瀬戸内の島々が見おろせます。

Photo_5

玉島円通寺は水島漁港からの豊富な運上金で国仙の代に大伽藍を誇るまでになったが、明治末には一時無住になり荒れはてた。その後、3代の住持の取組みで往時の大寺の面影をとりもどすまでに、今日のような復興を果たした。その隆盛の大きな力にもなったひとつが良寛さんのことどもであった、良寛像、良寛堂、詩碑、遺墨、高方丈、本堂、衆寮などなど。多くの人が良寛さんをしたってここを訪れるようになって、国民宿舎良寛荘も設けられたのであろう。

水島コンビナートと、1164メートルの源平大橋を見下ろす標高94メートルの白華山円通寺の地に立ったわたしは、さまざまな思いにとらわれる。

良寛さんに関する書物は、汗牛充棟であるばかりか、つねにあたらしく補充されている。それらは読む人の人生に応じて、さまざまな受け取られ方をしている……。

良寛さんは22才からの十余年を、ここ玉島円通寺で修行され、33才で師の国仙から印可を許された。

Photo_17

国仙の印可──
「良也如愚道転寛 騰々任運得誰看 為附山形爛籐杖 到処壁間午睡間」(良寛よ、お前は一見愚かに見えるが、お前の道心は広く深い。なにごとにも拘泥わらず、すべてを仏の御心におまかせしている。そんなお前の境地は誰も看破することはできない。印可の印として、焼いた籐の木の杖を与える。持ちいいように握りもついている。お前には寺はいらない。いたるところが修行の場、午睡の場なのだ)。

やがて国仙が亡くなりつぎの玄透にはつかえず円通寺を去った。すでに良寛は夏冬二十回の安居修行を経て和尚になっていたにもかかわらず、行雲流水、打坐行乞――無心無住の行乞生活を自らの勝手で選んだ。やがて、数年の修行をさらに重ねて、郷里の出雲崎にもどる。寺を持てなかったのではない、寺を持つ気がなかったのである。

Photo_6

見下ろせば、瀬戸内海に向かって……。

Photo_7

円通寺は岩・岩石が多い寺だ。いや、岩山に開かれた寺なのか……。

Photo_8

手入れの行き届いた庭園には、木々がおいしげり花々が咲き誇っているが、巨木の影はひとつもない。

Photo_9

本堂とその前に立つ良寛像。だがこの良寛像は、なぜこんな顔立ちが、といぶかられるヒドイ容貌なのだ。

Photo_10

Photo_11

Photo_12

Photo_13

Photo_14

空の青さにフト気がついて、その瞬間、かみさんと約束してきた「帰りに奈良を観光しよう」が強くつよく思い浮かんだ、なぜ?

Photo_16

ひとしきり寺域を見て回ったが、あとで「ふしぎだなぁ」と思ったのが、なぜ寺に声をかけて案内を乞おうとしなかったのだろう、ということ……これはいまもってわからないことだ。

そして、寺を辞してJR福山駅に向かった。

Photo_18

| | コメント (1) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧10 岡山倉敷美観地区大原美術館散策

大原美術館は、昭和5年に、倉敷の実業家大原孫三郎が設立、西洋美術、近代美術を常設展示する日本で最初の私立西洋美術館です。入り口を入ると、ギリシア神殿風本館前でロダンの彫刻「洗礼者ヨハネ」「カレーの市民」像に迎えられ、隣接する分館、新館、工芸・東洋館などが庭園内に布置されています。 

大原美術館は、各展示施設の見学は有料ですが、それらはひとつの大きな庭園の中にあります。庭園内の散策は無料です。

Photo

大原美術館入り口です。

Photo_2

美術家の入館料は有料ですが、展示は見ません、庭園だけを見学します。

Photo_4

ロダンの「カレーの市民」像です。

Photo_3

おなじく「洗礼者ヨハネ」です。

Photo_5

工芸館、東洋館はこちらから。

Photo_6

黙々と炎天下で手入れされているすがたに、ひどくこころを揺さぶられました。

Photo_7

さもありなんと、花のよさげな様子を味わうことができました。

Photo_8

立ち位置のうしろから庭園に進みます。

Photo_9

Photo_10

Photo_11

Photo_12

新館です。

Photo_13

近くの園児たちのお散歩コースのようです。

Photo_14

Photo_15

Photo_16

Photo_17

Photo_18

Photo_19

Photo_20

Photo_21

と、いい時間を過ごさせていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧9 岡山倉敷美観地区散策

倉敷駅からほど近い「倉敷美観地区」なる観光スポットの散策です。おつきあい下さい。

Photo

ここからはじまるのが「倉敷美観地区」です。

Photo_2

倉敷側にそって両岸に展開しています。川幅はごらんのとおりで、さして広くないのです。

Photo_3

蔵造りの建物をそのまま生かした町づくりです。

Photo_4

左岸を取ったのは観光案内所に行くためです。対岸の風情です。

Photo_5

和船を浮かべて、倉敷川から風景を愉しもうということでしょう。

Photo_6

ここが観光案内所。和船の乗船券も扱っています。
各種パンフレットをいただき、ざっと目を通して、さてこれからそぞろ歩きです。

Photo_8

さいわいなことに今日は観光客は少ない、ということで、ゆったり歩けます。

Photo_7

大原美術館前です。
ここの庭園は、べつにご案内しますので、とりあえず先へ進みます。

Photo_9

そぞろ歩きですから、ビューポイントはなりゆきまかせでチョイス、そして写真に記録します。

Photo_10

Photo_11

Photo_12

Photo_13

Photo_14

Photo_15

Photo_16

Photo_17

Photo_18

Photo_19

Photo_20

Photo_21

Photo_22

Photo_23

Photo_25

Photo_24

観光案内所まえに帰りました。コレで、ひととおり観光パンフレットにしたがって、見てきたことになります。
こううまくいえませんが、それなりの情緒は味わえました。いかがでしたか?


| | コメント (0) | トラックバック (0)

山陽道走破回顧8 岡山駅→倉敷美観地区散策→玉島円通寺→広島福山泊

6月11日(火)
岡山駅→倉敷美観地区散策→玉島円通寺→笠岡→広島福山泊
昨夜は疲れきった思いで、18:00就寝。
5:00起床、よく眠った。7時に朝食後、雨が降るのではないかとの昨日の懸念は無用で、ピーカン模様。ただちに出発。
国道2号線は側道も、自転車歩道専用道もともによく整備されていて、快調に走れる。
9:25に国道からそれて、倉敷市街に向かう迂回路をとるり、倉敷美観地区へゆく。かれこれ30分もかかる。
倉敷川にそって展開する、あの千葉県佐原の水郷觀光のような町並みを散策する。川には和船が浮べられ、人力車が観光客を乗せ、観光客は白壁、土蔵、そして古い保存されている町並みをさんさんごごぶらついている。いーいところだ。
「大原美術館」に入るには入館料を払わなければならないが、美術館のある庭園は自由に鑑賞できる。庭園をゆっくり時間をかけて見廻り、写真をここでも撮りまくる。大原美術館は、いずれ再訪するような気がする。
国道2号線に戻り、念願の良寛さんゆかりの玉島の円通寺に行く道を取る。わかりずらい道だった。行きすぎたり、脇道に入ってしまったり、うろうろしながらやっとたどりつく。道をたずねるたびに聞かされた「玉島国民宿舎『良寛荘』の看板を目印にゆきなさい」の国民宿舎はものすごい急坂をのぼりきったてっぺんだった。玉島の市街地、瀬戸内の眺望のすばらしさに息を呑まされた。宿舎前に自転車を置き去りにして、さらに山の中に分け入る。
そして、「良寛さん、やって来ましたよ」と挨拶した。東京町田の大泉寺、新潟の出雲崎の良寛堂、五合庵などなど、いままであちらこちらをへめぐって、いまこの玉島円通寺に立てたことに大きな喜びを感じた。いうなれば、よくぞやったおまえは、とみずからをほめる。
ゆったり、じっくり、すみずみを写真に収めさせていただいた。
30年ほどまえにひょんなことから坐禅をはじめ、とともに禅書や語録をあさり、そして良寛さんにいたった幸せに、あらためて感謝したい思いが、フツフとこみあげてきた、涙もいっしょに。
16:30には福山駅に着きたいと、ひたすら脇目もふらずこぎまくる。5分遅れて無事到着したが、駅の表口側のホテルには安いシングルの室はなく、駅前のタクシーに相談したら「裏口ならあるよ」とおしえてくれる。あった、一見しっかりした名の有るホテルのようでシキイが高かったが、一泊朝食付きで6500円、即決、ウエルカム・サービスでドリンクをプレゼントされる。

Photo

もうすぐ8時、市電の駅は通勤の人たちが。道路に車の姿はほとんどありませんでした。

Photo_2

JR岡山駅前も、バス通勤の姿だけが見える。車通勤はないのかしら、と素朴な疑問でした。

Photo_3

歩道もひろく自転車併用でも、すいすい走れてうれしい国道2号線です。

Photo_4

この先で国道から分岐して、倉敷へ向かう。

Photo_5

さらに、倉敷駅への分岐点から、吉備路へ向かいます。

Photo_6

倉敷市民会館で一休みしました。ぶっ続けで漕ぎまくって、若干足に違和感をおぼえたので。

Photo_7

えーっと、このレンガ塀はなんだったかな?
忘れましたが、わざわざ写真におさめたからには、なんらかのコトがあったのでしょうな……。

Photo_8

着きました、倉敷の美観地区に。
2回目の訪問ですが、今回は通りすがりではなく、多少時間をかけて観光します。おつきあい下さい、例によって写真集ができるほどの写真がありますので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧